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谿声風信ー1

 

善財童子とアリーショア
                   生涯求道の旅

2006/5/9

 

善財童子とアリ−ショア 1」

 日々、陰森の透き間から幽かに見えるもの。

 そこにそっと吹く音信。


 その断章を刻印するつもりです。

 

 

2006/7/2

「善財童子とアリーショア 2

 

起草 2005年7月18日

 この年(72才)になり、いくらか神秘の扉が開いたように思う。


 霞むほど遥かな若き日、徹夜して歩いた明け方、教会の尖塔に神秘を予感して以来、

思えば目には見えない実在を探る求道の歩みであった。

 いま、善財童子とアリーショアの姿が、わが脳裏に重なるように浮かび、やや神秘の扉が開いたように思う。

 それは、山崎弁栄の「光明主義」の誘導だと思う。
 
 
尖塔で思い出すことがある。

  戦後まもなくのころ、 高知市 の土佐教会に大山牧師という方が居られた。

 私は、そのお宅での集いに参加するようになった。

 大山牧師の説教を聞くのが、何よりも新鮮で、楽しく、当時私は全身全霊で魅されていたといっていい。

 大山牧師の部屋には、ドストエフスキーの本が天井のまわりに、わたしたちを取り巻くようにうず高く並んでいた。

 師の話し方は、いつも物静かに始まり、ゆっくりと沁み込むように、そのうちだんだんと高揚して展望が

次々に開かれてゆくような展開を見せながら、メンタルな回転速度を速めた。

 やがて、高潮に達し、聞いている者をひとつの神秘的な高みに誘った。

 そうして、必ず余韻のある静謐を湛えながら、牧師の話は終わる。

 まるでベートーベンの音楽だと実感した。



 神秘への予感は、その時から私の魂の底で、種をまかれ芽生えていたように思う。

 ドストエフスキー信仰が、私の中で始まっていた。

 
 それは、親鸞の話を書いた倉田百三の『出家とその弟子』、トルストイの『人生論』の水車小屋の話などを経て、

次第に奥深く私はドスト時空の行間に入り込んでいった。


 その後、ランボーやヴァレリイ、 ニーチェやシュタイナーなど哲学詩人たちとの内的な出会いがあった。


 なかでも小林秀雄と岡潔の対話『人間の建設』は 決定的な出来事であった。

 そこから、やがて、私は山崎弁栄とその「光明主義」の灯火に到達した。

 
 私のこれまでの生涯を、大きな棒のように私を貫いてきたのは、やはり道元と並んで、ドストエフスキーなのである。


 曙光に輝く尖塔。

 その向こう側に見えた神秘への予感。それが、思えば私の「生涯求道」の旅路の始まりであった。

 あれから半世紀を越えて、なお旅の始まりを始める。それ以外では在り得ないのである。


 

2006/7/5

「善財童子とアリ−ショア 3 


 
起草 2005年7月21日



 善財童子の求道の旅は、53人の善知識と出会い、広大無辺、多種多様の行願海に達する。

 善財童子とアリ−ショア。この存在は、十二光仏の「光明主義」と呼応している。

 その底流にあるのは、道元の「正法眼蔵」の世界である。



 起草 2005年7月30日



 無明、業熟体、カルマ。

 
魂のドラマを描く達人としてのドストエフスキーが苦労を重ね、

「たくみにたくんで、ぽっと生まれた幻の菩薩だ」

とは、確か小林秀雄のアリ−ショア評だったと記憶している。



 「カラマーゾフの兄弟」という深淵から超脱したアリ−ショア。

  華厳経の宇宙から降りてきた善財童子。


 そこには、共通した「如来から自己へ」の精神回路がある。


 岡潔は次のようにいう。

 「仏教に光明主義というのがありますが、それは中心に如来があって、自分がある。というのがはじまりで、

 私は、それが本当だと思っています。全智全能の大宇宙の中心である如来と、なぜ全く無知無能である個人との間に

 交渉が起こるかということは不思議なことかも知れない。

 しかし、全知全能な者は、無知無能な者に、知においても意においても関心を持たない。

 情において関心を持っているのです」


 
 起草 2005年7月31日



 自己の全細胞に宇宙が宿るならば、
 
     如来から自己へ、

 その働きかけがなければならない。」



 己の毛穴から、白毫を放つためには、如来から自己への流れがあってこそである。


 大宇宙の中心にある如来が、自己も、すべてを照らし、光りを与え、成り立たせているのである。




 起草 2005年8月2


 如来から自己への、果てしなき旅路。 求道の果てに、新たなる旅路はじまる。



   

 

 

2006/10/4

「ふたつの光芒」  


  少年たちに語り、地に伏し、天を仰ぎ祈るアリーショア。

 求道の旅の終わりに、普賢菩薩に到達した善財童子の姿。

 このふたりから発している光が、私の晩節を照らしている。

 この辺から、わが精神の遺書を綴ってみたい。



        ------------------------------


 
 この歳になり、何か神秘の扉が少し啓いたように思う。

 思えば、遠い日、神秘を予感して以来、いわば、目に見えない存在へのアプローチが私のモチーフであった。


 いま、善財童子とアリーショアの聖なる神秘な姿が垣間見えたように感じている。

 それはどうも,山崎弁栄の光明主義によるお導きだと思う。



         ------------------------------


 善財童子の求道の旅は文殊から普賢に至る。

 が、その旅の行程は、如来の十二光仏の階梯でもあるのではないか。

 善財童子とアリーショアを結ぶ時空に弁栄の光明主義があるのではないか。


 そこには、また道元の世界があると思う。

 道元の「正法眼蔵」の時空がそこに共振しているようだ。



                                                   (2006年7月22日覚書)
                


2006/11/12


 みな無言で大きな石のそばに立ち止った。


 アリーショアは石を見つめた。

 「ねえみんな、僕はここで、ほかならぬこの場所で、みんなに一言話しておきたいんだけれど。

 もうすぐ僕はこの町を去ります、たぶん非常に長い間。だからいよいよお別れなんです、みなさん。

 このイリューシャの石のそばで、僕たちは第一にイリューシャを、第二にお互いみんなのことを、

 決して忘れないと約束しようじゃありませんか。」

 と,石のそばでのアリーショアの演説が始まる。

 彼は少年たちに言った。

 「僕はひどくわかりにくい話をしますからね。だけど、やはり僕の言葉をおぼえていてくれれば、

 そのうちいつか同意してくれるはずです。

  いいですか、これからの人生にとって何かすばらしい思い出、それも特に子供のころ、親の家にいるころに作られたすばらし

 い思い出以上に尊く、力強く、健康で、ためになるものは何一つないのです。

 少年時代から大切に保たれた、何かそういう美しい神聖な思い出こそ、おそらく、最良の教育に他ならないのです。

 

そういう思い出をたくさん集めて人生をつくりあげるなら、その人は一生救われるでしょう。

 

そして、たった一つしかすばらしい思い出が心に残らなかったとしても、それがいつの日か

僕たちの救いに役立ちうるのです。

 どんなに僕たちがわるい人間になっても、やはり、こうしてイリューシャを葬ったことや、最後の日々に

僕たちが彼を愛したことや、今この石のそばでこうしていっしょに仲良く話したことなどを思い出すなら、

仮に僕たちがそんな人間になっていたとしてもその中でいちばん冷酷な、いちばん嘲笑的な人間でさえ、

やはり、今この瞬間に自分がどんなに善良で立派だったかを、心の内で笑ったりできないはずです!

  みなさん、かわいい諸君、僕たちはみんな、イリューシャのように寛大で大胆な人間に、コーリアのように賢くて

大胆で寛大な人間に、そしてカルタショフのように羞恥心に富んだ、それでいて聡明な愛すべき人間に、

なろうではありませんか。

 ところで、これから一生の間、いつも思い出し、また思い出すつもりでいる、この善良なすばらしい感情で

僕たちを結びつけてくれたのは、一体誰でしょうか。

それはあの善良な少年、愛すべき少年、僕らにとって永久に大切な少年、イリューシェチカにほかならないのです!

決して彼を忘れないようにしましょう。

今から永久に僕らの心に、あの子のすばらしい永遠の思い出が行き続けるのです!」



 「そうです、そうです。永遠の思い出が」

少年たちが感動の面持ちで、甲高い声を張りあげていった。
         

 「カラマーゾフさん、僕たちはあなたが大好きです!」

 

どうやらカルタショフらしい、一人の声がこらえきれずに叫んだ。


 「僕たちはあなたが大好きです、あなたが好きです」

 

みんなも相槌を打った。多くの少年たちの目に涙が光っていた。


 「カラマーズフ万歳!」

 

コーリャが感激して高らかに叫んだ。

 

「そして、亡くなった少年に永遠の思い出を!」

 

感情をこめて、アリョーシャがまた言い添えた。


 「永遠の思い出を!」

 

ふたたび少年たちが和した。


 「カラマーズフさん!」

 

コーリャが叫んだ。

 

「僕たちはみんな死者の世界から立ち上がり、よみがえって、またお互いにみんなと、

イリューシェチカとも合えるって、宗教は言ってますけど、あれは本当ですか?」


 「必ずよみがえりますとも。必ず再会して、それまでのことをみんなお互いに楽しく、嬉しく語り合うんです」

 

半ば笑いながら、半ば感激に包まれて、アリーショアが答えた。


 「ああそうなったら、どんなにすてきだろう!」

 

コーリャの口からこんな叫びがほとばしった。


 「さ、それじゃ話はこれで終わりにして、追善供養に行きましょう。

ホットケーキを食べるからといって、気にすることはないんですよ。だって昔からの古い習慣だし、よい面もあるんだから」


 アリーショアは笑いだした。

 

「さ、行きましょう!今度は手をつないで行きましょうね」


 「いつまでもこうやって、一生、手をつないで行きましょう!カラマーゾフ万歳!」

 

もう一度コーリャが感激して絶叫し、少年たち全員が、もう一度その叫びに和した。

                      

                            (『カラマーゾフの兄弟』ドストエフスキー著 原卓也訳)        



 不朽の名作はこうして終わる。

 魂の交響曲。その不思議な感動。

 それが、ふたたびわたしをいつまでも強く深く包み込む。


谿声風信ー1

 

善財童子とアリーショア
                   生涯求道の旅

2006/5/9

 善財童子とアリ−ショア 1」

 日々、陰森の透き間から幽かに見えるもの。

 そこにそっと吹く音信。


 その断章を刻印するつもりです。

 

 

2006/7/2

「善財童子とアリーショア 2

 

起草 2005年7月18日

 この年(72才)になり、いくらか神秘の扉が開いたように思う。


 霞むほど遥かな若き日、徹夜して歩いた明け方、教会の尖塔に神秘を予感して以来、

思えば目には見えない実在を探る求道の歩みであった。

 いま、善財童子とアリーショアの姿が、わが脳裏に重なるように浮かび、やや神秘の扉が開いたように思う。

 それは、山崎弁栄の「光明主義」の誘導だと思う。
 
 
尖塔で思い出すことがある。

  戦後まもなくのころ、 高知市 の土佐教会に大山牧師という方が居られた。

 私は、そのお宅での集いに参加するようになった。

 大山牧師の説教を聞くのが、何よりも新鮮で、楽しく、当時私は全身全霊で魅されていたといっていい。

 大山牧師の部屋には、ドストエフスキーの本が天井のまわりに、わたしたちを取り巻くようにうず高く並んでいた。

 師の話し方は、いつも物静かに始まり、ゆっくりと沁み込むように、そのうちだんだんと高揚して展望が

次々に開かれてゆくような展開を見せながら、メンタルな回転速度を速めた。

 やがて、高潮に達し、聞いている者をひとつの神秘的な高みに誘った。

 そうして、必ず余韻のある静謐を湛えながら、牧師の話は終わる。

 まるでベートーベンの音楽だと実感した。



 神秘への予感は、その時から私の魂の底で、種をまかれ芽生えていたように思う。

 ドストエフスキー信仰が、私の中で始まっていた。

 
 それは、親鸞の話を書いた倉田百三の『出家とその弟子』、トルストイの『人生論』の水車小屋の話などを経て、

次第に奥深く私はドスト時空の行間に入り込んでいった。


 その後、ランボーやヴァレリイ、 ニーチェやシュタイナーなど哲学詩人たちとの内的な出会いがあった。


 なかでも小林秀雄と岡潔の対話『人間の建設』は 決定的な出来事であった。

 そこから、やがて、私は山崎弁栄とその「光明主義」の灯火に到達した。

 
 私のこれまでの生涯を、大きな棒のように私を貫いてきたのは、やはり道元と並んで、ドストエフスキーなのである。


 曙光に輝く尖塔。

 その向こう側に見えた神秘への予感。それが、思えば私の「生涯求道」の旅路の始まりであった。

 あれから半世紀を越えて、なお旅の始まりを始める。それ以外では在り得ないのである。


 

2006/7/5

「善財童子とアリ−ショア 3 


 
起草 2005年7月21日



 善財童子の求道の旅は、53人の善知識と出会い、広大無辺、多種多様の行願海に達する。

 善財童子とアリ−ショア。この存在は、十二光仏の「光明主義」と呼応している。

 その底流にあるのは、道元の「正法眼蔵」の世界である。



 起草 2005年7月30日



 無明、業熟体、カルマ。

 
魂のドラマを描く達人としてのドストエフスキーが苦労を重ね、

「たくみにたくんで、ぽっと生まれた幻の菩薩だ」

とは、確か小林秀雄のアリ−ショア評だったと記憶している。



 「カラマーゾフの兄弟」という深淵から超脱したアリ−ショア。

  華厳経の宇宙から降りてきた善財童子。


 そこには、共通した「如来から自己へ」の精神回路がある。


 岡潔は次のようにいう。

 「仏教に光明主義というのがありますが、それは中心に如来があって、自分がある。というのがはじまりで、

 私は、それが本当だと思っています。全智全能の大宇宙の中心である如来と、なぜ全く無知無能である個人との間に

 交渉が起こるかということは不思議なことかも知れない。

 しかし、全知全能な者は、無知無能な者に、知においても意においても関心を持たない。

 情において関心を持っているのです」


 
 起草 2005年7月31日



 自己の全細胞に宇宙が宿るならば、
 
     如来から自己へ、

 その働きかけがなければならない。」



 己の毛穴から、白毫を放つためには、如来から自己への流れがあってこそである。


 大宇宙の中心にある如来が、自己も、すべてを照らし、光りを与え、成り立たせているのである。




 起草 2005年8月2


 如来から自己への、果てしなき旅路。 求道の果てに、新たなる旅路はじまる。



   

 

 

2006/10/4

「ふたつの光芒」  


  少年たちに語り、地に伏し、天を仰ぎ祈るアリーショア。

 求道の旅の終わりに