地域マンダラ |
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(上の図は 南方熊楠マンダラ)四万十時空 曼荼羅 覚書単純な色彩と形態を通して独特の深い精神性を表現し、象徴主義絵画の傑作を残したフランスの後期印象派の画家・ゴーギャン の代表作のひとつに「われわれはどこから来ているのか。われわれは何者か。われわれはどこへ行くのか」という作品がある。 二十一世紀の初期に立つ今、精神の行方、地域の行方が問われ、現在に潜む深淵が、生の危機を齎している。 そんなとき 「われわれは何者なのか」 いのちの空間としての地域の守人なのではないか。 「われわれはどこにいるのか」 岐路にあって何を展望するかの位置にあるのではないか。 「われわれはどこに行こうとしているのか」 天与の自然と共生する人間の成長なのではないのか。 地域の内部から、地域分権の本質への視点を定めたい。 内生的発想によるものとして、内発的地域発展の方向性を探り、それを、四万十時空という地域曼荼羅として認識し、 育てるという,これからの路を探りたい。 ( 2005年 夏)
地域マンダラ論考ーーマムタ・アルカディア建設プラン補記ーー目次はじめに
第3部「現在性」と総合計画の問題 ――いま、キーノートは如何にして可能か
あ と が き(2004年 夏)
第一部 【四万十型地域内分権論・補記】 (目次に戻る) 平成七年法九六号による「地方分権推進法」の基本理念をみると、 「地方分権の推進は、国及び地方公共団体が分担すべき役割を明確にし、地方公共団体の自主性・自立性を高め、 個性豊かで活力に満ちた地域社会を実現することを基本として行う」とある。 このように地方分権という概念はあるが、「地域分権」という制度的仕組みは見当たらない。 国は、地方分権の推進の意義を、「地方自治の実現を図っていくこと」としている。 そのため 地域の行政の「自己決定」「自己責任」という行政システムの構築と「画一と集積」の行政システムから「多様と分権」の行政システムへの変革が、「新時代に相応しい地方自治の確立」であると位置づけている。 このような「地方分権を担うための行政体制の整備」として 1,地方分権型の行政システムへの転換に対応した新たな役割を担うにふさわしい地方行政体制の整備を支援するとの方向で、広域連合制度の積極的な活用を推進する。 2,積極的な行政を展開していくためにも、地域づくりの主体である市町村が、市町村合併によりその行政能力を強化していくことも重要との方向で、自主的な市町村合併を積極的に推進する。 という課題提起がなされているのみである。 「画一と集中」を行ってきたのは、言うまでもなく地方や地域では決してない。 高度経済成長の波に乗った政府の政策がそれを加速させたのは明確である。そこに本質的な論点のすり替えがある。政府の政策責任を、地方へ転嫁している。最近の三位一体の改革というマジック的なロジックは、山間僻地の地方自治体をまさに苦境のどん底に陥れ、駆け込み寺合併に追い込んでいる。
主権は国民にあるとの日本国権法で、地方自治は保障されており、地方自治は民主主義の原点であるとの宣言にもかかわらず、その崇高な立憲の精神は現実的には実に空虚にさえ映る。それら昨今の動きは改革でもない。勝ち組優先のアダム・スミス的な経済暴力が潜んでいる。
そんな状況のもとでも、自衛としての市町村合併は進んでいる。 最近、「地方自治法の一部を改正する法律」が出された。 それによると、その中には 住民自治の強化等を推進する観点から市町村内の一定の区域を単位とする<地域自治区>を市町村の判断により設置することができることとする。 という、「住民自治区」の創設の道が開かれている。 つまり
地域自治区とは、地域の住民の意見を行政に反映させるとともに行政と住民との連帯の強化を目的として、市町村の判断により設けられる区域であり、その区域の住民のうちから選任された者によって構成される地域協議会及び市町村の事務を分掌させるための事務所を置くもの。 となっている。
今期、平成の市町村合併は、概念上では、分権時代の合併であるとされ、昭和の集中的な方式の合併と区別されている。 だが、そこには自主的な合併をと言われながらも、実はこれまでにない強権的な市町村再編成への誘導を感じさせるものがある。 そこで、自治体の中では、ひとつの矛盾打開策としての地域内分権、分権型合併方式が、今後のあり方だとして、その 具体策が模索されている。 しかし、どうもその実像が定かには見えないというのが現状である。
今回の地方自治法の改正による住民自治区にしても、果たして、地域住民の生活感覚や長い努力の積み重ねによって培われてきた真の住民自治の論理がそこに貫かれているのか、疑問である。 そこに、焦点を絞りたい。 ∇ ∇ ∇ ∇ ∇
地域内分権。 それは、「萃点の思想」によるべきものと私は思う。 新たな自治体の圏域に、いくつかの萃点を作ることであると考える。 四万十川の流域をひとつの「地域曼陀羅」と見なして、そこに相応しい「萃点」が設けられてこそ四万十型地域内分権という実像が顕現される筈である。 自然と人倫の摂理に叶う幾重かの萃点の地域内適正配置。 そこに、はじめて創造的に活動する真の自治体が形成されよう。 地域の大きな資源である田園、森林、海洋。そのエリアごとに、いくつかの萃点
萃点は移動する。その萃点は自治の分散拠点となるだろう。
第一節 未来の方角について (目次に戻る)
四国霊場のある癒しの島・四国は、ひとつの曼陀羅を成している。 四国西南の地を四万十川が蛇のように大きくくねり流れている。 四万十川の曲水する盆地状台地と山間流域、そして土佐湾を望む海浜。 森と田園、そして川と海。それにより地理的・歴史的・社会的に深く連鎖する生態系をもつ伝統的エリアを、ひとつのコスモス空間として把握し、その未来を展望することが大切であることをここに提唱したい。 そこで私は、この地域を「四万十地域曼荼羅」として捉えてみたいと思う。 そのための視点の第一は、地域を再創造するという視点である。 地域の再創造とは、地域のこれまでにおけるあらゆる諸関係を、まず再編成することである。 地域の「現在」を構成し、その進路に多大な影響を与え、方向性を持たせてきた諸々の要因や要素の総合的な関係性をよくみること。その関係性によって時間をかけ培われてきた伝統がある。その伝統に新たな風と力を吹き込むことである。
時が熟すると書いて「時熟」。『時はいつ美となるか』(大橋良介著)によると、「美」として熟する「時」のことである。時熟の条件は「緩やかなる時」である。 その時熟の時空に「伝統」が形成されてきたが、その「伝統」を枯渇させずに活性化するため、いま「再創造」するということが喫緊の課題なのである。 第二は、「水」への視点である。 地域の伝統の根元に水があるとの認識の上に、地域の歴史を形づくってきた水の役割を維持し、それを支える条件が持続可能となるような、新たな地域のあり方を見直す視点である。 二十一世紀は「水の世紀」。「水の世紀」とは「地域の世紀」でもある。 水系の健全性が、その地域の自然生態系の健全性のバロメーターである。「水こそが大地を育む生命液だ」というシャンボール城の主・フランソワ一世の言葉は、今にしてなお明日に生きる。 山・田・川・海のコスモス系を如何に保ち守り育てるのか。このことが明日への今日的代表課題にほかならない。 森の思想は、同時に田園の思想である。またそれは海の思想ともなる。その根本をはっきりとさせねばならない。
水系ヒューマン・リージョナル・コスモス形成を、地域の再創造に向かう思想的基盤として意識づけること。 そこから始めなくてはならないと私は思う。
第三の視点は、「萃点の思想」による「地域内分権」を法則づけるという視点の明確化である。 この地域の自治体づくりを「萃点による再創造」への道程としたい。
水系的な循環エリアである自然生態系コスモス空間。 その立体像を「四万十地域曼荼羅」として想定すること。 その地域曼荼羅には、幾重にも幾多の萃点が存在している。 以上、地域曼荼羅とは、地域における物質的諸関係と精神的諸関係の相関作用を総合的有機的に全体性として視る地域観だと私は考えている。 必然性と偶然性の交差・交錯する「生の空間」。 それは、フランスの詩人ランボーの言う「物質的神秘主義」が実現される地層、つまり「意識」と「物質」の共振する地層(中沢真一「虹の理論」)と、もしかして呼応しているのかも知れない。 それが、霧と虹のたちのぼる四万十川の形而上的な地層だとすれば、ここにそのまま次の中沢氏の言葉が当てはまりはしないか。
その地層は、私たちの生きるこの世界がどんなに蒼ざめ、生気を失い、解体してしまおうと、いつまでも変わることなく、そこに存在しつづける。虹の蛇は、ダイアモンドのように不死なのである。 (同上「虹の理論」より)
(2004年4月10日) ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ いま考えているのは、南方曼荼羅をどのように内発的発展論の中に取り込むかということなの。 その中では、南方曼荼羅の中で非常に大事なのは<萃点>だと思う。 萃点は、中心ではないの。 そこで、すべての人々が出会う出会いの場、交差点みたいなものなのね。 そして非常に異なるものがお互いにそこで交流することによって、あるいは、ぶっかることによって、影響を与え合う場―それが萃点なの。 これは、未来のパラダイム転換に向けてという副題のある『萃点の思想』を書かれた鶴見和子さんの言葉である。 ∇ ∇ ∇ ∇ ∇ 図の作成されていない不可視の精神の海への航海にでかけていく。 あとにはちぎれ雲ひとつ残らない-- そういう科学の寓話を、ぼくは書きたかったのだ。
『虹の理論』の著者・中沢新一氏は、同書「あとがき」にこう書き添えている。 その中沢氏は、「書簡による南方学の創生」の中で、 彼の思考は、ものごとの表面にあらわれた秩序や、むすびつきのなかにではなく、そこに顕在化されてはいないが、顕在化された現実の秩序をつつみこんでいる、より高次元で、より大きな内臓的な秩序のほうに、たえず向けられている。 彼の頭脳は、その多次元的空間を、ホログラフィックにとらえ、そのなかから、ものごとの新しい結合法をとりだしてくるのである。 彼の思考を表現するには、渦を巻くような星雲状の言語のメヂィアが必要なのである。 それは、いくつもの入り口をもち、その入り口のどこから入っても、表現しようとしている世界の本質にすぐさまたどりつき、しかも飛躍が自在にできて、ひとつの話題と別の話題のあいだに、はっきりとした因果的なつながりがみつけられないように見えるときでも、思考のジャンプがゆるされるようなものでなければならない。 中沢氏もまた「南方曼荼羅」を、巨大なひとつの交響曲と見なして、その再現のための「思想の設計図」がそこにはある、とみているようである。 つまり、わたしがここでいま一番提唱したいのは、四国シ・マムタのアルディア建設プランのために、「虹の理論」と「萃点の思想」による地域計画を構築すること。これに尽きる。これは、そのための試論としての補遺である。
第二節 萃点について (目次に戻る) 一状に昼夜兼ねて眠りを省き二週間もかかりしことあり。何を書いたか今は覚えねど、これがために自分の学問、灼然と上達せしを記憶しおり候 と、土宣法竜師との往復書簡について、南方熊楠は、柳田国男に宛てて書いている。 その、南方書簡(明治三六年七月一八日付け)には、次のような文がある。
ここに一言す。不思議ということあり。事不思議あり。物不思議あり。心不思議あり。理不思議あり。大日如来の不思議あり。余は、今日の科学は物不思議をばあらかた片づけ、その順序だけざっと立てならべ得たることと思う。
さて妙なことは、この世間宇宙は、天は理なりといえるごとく(理はすじみち)図のごとく(図は平面にしか画きえず。実は長、幅の外に、厚さもある立体のものと見よ)前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹して、この宇宙を成す。 その数無尽なり。故にどこ一つとりても、それを敷衍追求するときは、いかなることをも見出し、いかなることをもなしうるようになっておる。 その捗りに難易あるは、図中(イ)のごときは、諸事理の「萃点」ゆえ、それをとると、いろいろの理を見出すの途に着く。
すなわち図中の、あるいは遠く近き一切の理が、心、物、事、理の不思議にして、それの理を(動かすことはならぬが)道筋を追従蹤しえたるだけが、理由(実は現象の總概括)となりおるなり。 中沢新一氏は、 彼(南方)の頭脳は、その多次元的空間を、ホログラフィックにとらえ、そのなかからものごとの新しい結合法をとりだしてくれるのである。 (「書簡による南方学の創生」より) という。 鶴見和子氏は、
もともと曼荼羅は、真言宗の世界観を示したもので、大日如来を中心に置き、他の諸仏、諸菩薩が大日如来との関係でそれぞれの位置を占めていることを図で示したものである。 南方はその曼荼羅を、物質的なものであれ精神的なものであれ、ありとあらゆる現象の相関関係を捉える科学的方法のモデルであると解釈しなおしたのである。南方の議論は完璧なものではなかったが、当時だけでなく現代にも通じる論理学および科学方法論の中心課題である。 南方曼荼羅が科学方法論のモデルとして重要であることを示す第二の点は、「萃点」(集まるところ、又は交差点の意)を強調したことである。
南方は中心という概念を交差、すなわち最も多くの因果系列が出会うところと解釈しなおしている。
南方曼荼羅は自然界と人間界の出来事への全体的(ホーリスティック)アプローチをあらわしているのである。 これらの萃点についての見方から、私は〔一即一切、一切即一〕という言葉を連想する。 一がそのまま一切であり、一切がそのまま一であるという見方と、萃点の見方は極めて同質的な発想だと思う。 つまりそれは、一即多、多即一の華厳経の教説による中国華厳宗の思想であるといわれるが、諸々の事物や事象の相互関係から見ると、あらゆるものごとは一体的であるとする見方である。 そこには物質と情報あるいは意識を結ぶ視点、そしてすでに、個と全の高次元統一を意味するホロニックな概念が提示されている。
この「一即一切」「萃点」「ホロン」についての思想を、次元は違うが、また時差も伴うが、現実的に地域計画の方法論として応用することを私は考えたいのである。 そうしてこそはじめて地域計画が、これまでの経済効率優先の姿から脱皮し、自然と人々の「ともいき」する姿を現出でき、二十一世紀に役立つものとなろう。
第三節 虹について (目次に戻る)
四万十川の姿とは何か。 それは、民俗的清流としての、自然と人間の共生関係を象徴するものである。 聖なる癒しの島の庭園にふさわしい山紫水明の地域空間そのものにとけ込んだ川。 古代の香るような、明日への資産となるような、霧と虹のかかる曲水の川。そこに四万十川の真の姿がある。 神秘的なまでの自然生態系のサンボリチックな波長、秘められた水脈がある。 そこには天然・自然と人間の魂・精神とが関わり合う現象を代表するものとしての「虹」の存在がある。 「四万十川に立ち昇る虹」 私は四万十川流域における地域計画を思うとき、『虹の理論』(中沢新一著)が浮かぶ。 その中には、次のシュタイナーの言葉が引用されている。
人間は虹を見ます。 イマジネーション認識をもって虹を見るなら、虹の中で活発に働く四大元素霊が見えます。この四大元素霊は注目すべき様子をしています。虹の赤と黄の部分から絶えず四大元素霊が出てきます。 イマジネーション認識を獲得した人が見ると、霊たちは現れ出ては、消え去ります。実際、虹は霊たちの素晴らしいワルツです。 虹は水状の要素から成り立っています。この水状の要素の中に霊的存在が生きています。 空気は光の影です。光が生じると、ある条件下に影が生じます。色彩が存在し、その色彩が空気要素中で作用し、空気中にきらめくように飛び散ると、空気要素の中にある別の要素が生じます。ある条件の下で、圧力によって逆圧が生じるように、色彩から液体状、水状の要素が生じるのです。 光の影が空気であるように、水は色彩の反映なのです。 実に美しいイマジネーションである。 そして中沢新一氏は
このレベルでは物質と想像力が共振現象をおこす。ランボーの言う「物質的神秘主義」は、虹の蛇の棲まう、意識と物質の共振するこの地層で実現される。
と書く。
このような、いわば物質的神秘主義の、要は、人々の意識と天然現象としての物質が絶えず共振するような地域空間を創出し、顕現するという、このことが、私の提唱したい地域計画の、真の目標なのである。
(2004年4月29日)
第四節 内発的発展論の視座について (目次に戻る)
その1 ―上智大学での鶴見和子教授の最終講義から― 私は内発的発展を、「それぞれの地域の生態系に適合し、地域の住民の生活の基本的必要と地域の文化の伝統に根ざして、地域の住民の協力によって、発展の方向と筋道をつくりだしていくという創造的な事業」と特徴づけたいと思います。 近代化と違うもう一つの大事な点は、近代化の最も大事な指標が経済成長であるのに対し、内発的発展論が人間の成長を究極の目標としている点です。それぞれの人が持って生まれた可能性を十分に発揮できるような条件を創っていくという、人間の成長に重きを置いているのです。
内発的発展では「伝統の再創造」ということが非常に大切です。そこで伝統とは何かということを考えてみようと思います。伝統とは世代から世代へ受け継がれて来たところの「型」です。 私は伝統を大ざっぱに四つの側面に分けることが出来ると思います。 第一は、社会構造の側面。たとえば、家族の構造、村落の構造、村と町との関係の構造、都市の構造などです。 第二は、精神構造の側面。これは、宗教、価値観、コスモロジー(宇宙観)などです。 第三は、技術の側面。 それから第四は感情、感覚、情動の側面です。これは、音楽、舞踊、その他日常生活の様々な行為を通して見ることができます。
今日は精神構造の側面についてだけお話ししたいと思います。なぜ、精神構造の側面に関してかというと、次のよ うな理由からです。近代化論はイギリス、フランス、アメリカ、ドイツなどの近代化の経験に基づいています。これら西欧諸国は、それぞれ自己の文化の基底にキリスト教文明を共有しています。ところが内発的発展の試みを現在しているところは非西欧社会が多い。非西欧社会には、キリスト教ももちろんはいっておりますが、その他に仏教、イスラーム、ヒンドゥー教、儒教、アミニズムなども入っています。私は宗教の中でアミニズムなどの民族宗教もいれたいと思います。そういう多様な宗教がここに包み込まれています。そこで、こうした伝統的コスモロジー、宗教、あるいは信仰の中に、現代の大問題を処理する知恵を発見する。こうした古い知恵を現代の状況に合うように作り変えるのが、私のいう「創造」です。伝統を作り変えて使おうというのが、内発的発展論の対抗モデルとしての重要な意味です。そして、これが精神構造における「伝統の再創造」の重要な一つの意味内容になっていると考えております。
以上のような、鶴見和子氏の思想こそ、私は二十一世紀の救世の思想であり、この視座をもってこそ、地域の明日を描くことができるものと確信している。 そして、次のように書いているが、それは、同時に、鶴見哲学が世紀の変わり目としての「哲学の現在」に、新たな方法論の曙光を与えていると私は思う。
それは、すなわち次の文である。 必然法則のみが支配すると考えられた自然観は、ニュートン力学に基礎を置いた。必然性と偶然性との関係が注目されるようになったきっかけは、アインシュタインの量子論、相対論、ブラウン運動の理論の発展(1905年)であった。 南方曼荼羅における必然と偶然との問題提起(1903年)は、まさに世紀の変わり目のパラダイム転換の予兆であった。 近代西欧科学と東洋の古代仏教という異質な思想を自己の中で対決させ、格闘させることによって、南方熊楠は、世界の思潮からみて新しい方法論に辿りついたということができる。
今後、課題・考究すべきテーマ
「心がものをどのように認識するか」の事不思議へのアプローチ。
「自不覚識(アラヤシキ)妙見」へのアプローチ。
「森羅万象すなわち曼陀羅なり」という南方曼陀羅へのアプローチ。
(04・4・12) その2 ―内発的発展論の可能性からー
鶴見和子独自の内発的発展論は、史的唯物論・近代化論の両者を批判し、その両者を凌ぐ体系性・全体性を持つものでかつそれらを包摂すると川勝平太国際日本文化研究所教授はいう。 その川勝氏は、概略次のように「内発的発展論」の特徴点をあげている。
第一 あらゆるものを対象とする生命論であること。 生命の三つの様態。 「他律」 管理社会の組織人的な生き方。 「無律」 ボーとしている時に直感の働く世界。 「自律」 自由とは、自立すること。自律する生命への視点。
第二 森羅万象を開かれた性格のものとみなす、生成する方法論であること。 「人間は自然のまったき一部分」という命題。 生命体と自然体との相即不離の関係を対象とした、生成する開かれた体系。
第三 創造の過程を対象として、創造とは何かを理解する方法論であること。 「伝統の創造」「伝統の再創造」という自己のうちにある生命力・可能性を自覚的に創発させる理論。 第四 関係性の重視の方法論であること。 潜在しているものが創発する契機は、自然、人、文物、情報、思想などであり、それは、つまり外部との出会 いであるとの認識。そのうえに立つ、外部との関係性の中から、固有のものを見出す方法論。 第五 アイデンティティ論であること。 外部との接触による内部の生命力や可能性の自覚。 その自己の発見とアイデンティティの確認。 人間性を深め、社会的自立、精神的自律を探求する方法論。 第六 従って人間論であるということ。 ここで「発展」とは「人間の成長」である。 これまでの「経済発展」に対して、より深く人間の不条理な苦痛の軽減と解決に向けた方法づけに取り組むという課題設定。 第七 指導者論であること。 危機に敏感。豊かな感性。鋭い知性。高い倫理観。これらを備え、理論や実践を担う主体としての「キー・パーソン」(中心になる人物、欠けてはならない重要人物のこと)の存在。 理論的キー・パーソン、実践的キー・パーソン、それぞれの役割の評価。 第八 危機克服の動態論であること。 危機にさらされた地域社会。その危機の実態と現状の正確な分析方法に焦点をあて、危機克服の潜在能力を発現させる手立てを考察する危機の理論。(クライシスのダイナミック・セオリー) 第九 地域論であること。 内発的に発展していくのは人間。人間は地域文化の刻印を押された具体的存在。 その人間と生態系とを一体としてとらえる地域の理論。 在地性を持っている理論的キー・パーソンは地域に対する具体相を描く。その視座からの地域研究。 第十 価値多元論であること。 地域の多様性。人間の多様性。発展系列の多様性。この多様性を寿ぐ理論。 第十一 地球思考の発展論であること。 地域の集合体が地球。地域は個性的に自律しながら、全体性を構築している。その全体性が地球(コスモス)。 相関する関係性から見れば曼荼羅。 部分の中に全体性があるという、アミニズム論。 第十二 西欧ではない日本やアジアから発する理論であること。 常民の、多重層構造。「つららモデル」と在地性からの理論。 以上、『鶴見和子曼荼羅「環の巻」』に掲載されている「解説―内発的発展論の可能性」(川勝平太)から、私なりに抽出し、若干の私見を付し記述してみた。 これを、わたしは以前執筆した
(2004年4月13日)
第五節 世界亡ぶとも (目次に戻る)
そこでは、未来の素描を、自然と連帯の風景においた。 すなわち「人間の住み着く明澄なムラづくり」というコンセプトを提示して、窪川と言う地域の長期戦略目標を設定したのであった。 方法論的には、農業という資源循環の論理に基づく、地域空間整備を基本戦術としていた。 その上で、「地域の環境」、「生産の場」、「生活の場」のそれぞれに、望まれる未来風景を素描した。 結びには、次のように記した。
人々は、この地をこよなく愛し、この地域に住むための土着の倫理を持っている。
そして――― 子々孫々に至るまで、この「住む地」としての、他所では得がたい「自然と連帯」の魅力を譲り渡そうと努力して いる。
たとえ、如何なる事態になろうとも、この地にだけは、必ず、いつまでも、人々が住み続ける――. そのことに、疑いを持つものは、この地には居ない。 当時、祈りを込めて書いたこの言葉は、「世界亡ぶとも、窪川亡びず」との抵抗と創造のパッションから発したものであった。 それは、いわば一種の「窪川モンロー主義」の宣言でもあった。
二十一世紀初頭期の今にして、振り返り思うことは、中国、宋代の禅書『無門関』第二十三則「不思善悪」の結語 「世界壊する時 渠朽ちず」 という言葉である。 山本玄峰禅僧によれば、 「この地球が全部壊れてしまっても、この本来の面目は朽ちない」 と、読解されている。
『構想計画』で窪川の明日に託した祈りのような思いと、これは奇しくも符合するように私は感ずる。 そこにグローバル化の進行と平行して深化する、現代的・近未来的なローカル性を見たいのである。 (2004年4月17日) (次の第二部は、このような未来への思いをもって、今から二十六年前の昭和五十一年に書いたものであるが、ここにはすでに、これまで述べてきた計画思想が、それなりに提起されていたのではないだろうか。)
第二部
第一節 計画の目的―地域の復権をめざして (目次に戻る) この計画に於いて我々の意図するものは我々の地域・農村の復権である。 この場合の計画とはこの地域に於ける多種多様な「関係の創造」である。 人と自然,人と人のよりよい関係をつくり上げてゆくことである。 我々の地域には人間と自然のかかわりによって,やわらげられた第二自然がひろがりその風土の上に歴史的な人間関係が形成されている。 地域の脈拍とはこのかかわりの鼓動であり,これによって地域は息づいている。 またそこには促進と抑制の対立・緊張関係が存在し絶えずそれらが調整され常に克服されてゆく自律的な状況がある。 そして我々の地域空間は祖先が長い時間をかけて,育て,守り,保ったものであり,山林と水田と河川を生産体系及び生活体系の中に組み入れたトータルな生物体である。 農林業生産は人間が自然に働きかけ,その自然の回復と維持のなかでくりかえされ,それとのかかわりにより伝統的な地域社会の連帯性がつくられている。 農林業生産を支えかたちづくっているのは畢寛,保全と育成の論理である。 従ってこれにより環境創造がおこなわれ産と生活が自然の生態系と調和する地域空間に整備してゆく方向を志向すべきであろう。 しかし社会的な現象として地域は明治以後の中央集権下のもとで,いわゆる地方化し次第にその自律的機能を弱めてきた。 更に近代化の波動によって工業の論理が資源収奪を合理化し,地域格差を拡大し経済至上主義は我々のまわりの「土」を貧化させた。 また商品化された機械文明と文化の画一化の進行は,規格品的思考形態を生じさせ人間本来の精神的土壌から離陸して「言葉」をも貧化させている。
今こそ,この「土」と「言葉」を貧化させるものへの挑戦.これに対する自然と人間による復権の統一行動を我々は起さなければならないのである。 この地域住民の倫理が地域の長期戦略目標を決定し,地域の当面する具体的な戦術を編み出すのである。
現今,低収入・低社会的サービスという歴史的な農村問題は,地域経営の深刻な困難をうみ不況・資源の枯渇化傾向等の諸問題は特に第一次産業を基軸とする地域の生活状況をより苦しいものにしている。 「この暗くて長いトンネルはどうしてつくられたのか」という基本的な問いかけ。 農村,そして農業の見直しという動きはこの問いかけのなかで位置づけられなければならない。 我々はこのトンネルのなかでこそ我々のために,そして我々の子孫のために責任をもってこの地域の曙光を求めて真の発展方向を探り未来選択をおこなわなければならないと言う決意……。
これにより地域の歴史的風土のうえに,経済と文化が調和して立地して個性豊かな自主と信頼にみちた連帯のきずなをもつ環境の、真の豊かさを創造しようとするものである。
これを開始するのは,我々の地域に対する我々の地域愛でなければならない。 でなければ,そこに物と心の浄化作用をもつ「ムラ」はできない。 この地域愛が地域モラルを産み,そのなかでこそ生命力にあふれた健全な地域づくりが遂行されるのである。 かくして住民の連帯と自然の豊かさのなかで培われる地域個性の発育により, 地域の能力を創造的に発揮させる方向への地域コンセンサスをつくることがこの計画の最も重要な課題となる。 第二節 計画の性格 ―地域の方向性確立の試み (目次に戻る) 本計画は自然条件と社会的条件によって農村に立地する
それは地域発展の方向,この農村地域の志向する方向を明らかにすることでありこれにより地域住民・各団体・行政の努力目標を統一し各々が行うべき具体的な方策に関する方針決定に役立つ道標づくりをおこなうことである。 この地域の方向性確立のため計画の与件として準備され整理されるべきものは(1)地域住民の意向 (2)地域の伝統的特性 (3)地域の自然的立地条件等であろう。
現在までの諸計画は概ね各々の地域が共通的な様式により平面的な手法によって作成し地域のなかで発展している要素と解体している要素等の実態を深く分析的に把握する作業が欠落し,勢い単線的な物量の振興施策の作成作業に落ち込んでいたのではないだろうかと言う反省の上に立ってこの地域特有の独自計画を試みるものである。 このためさきの計画与件を明らかにするものとして (1)農家調査により農村住民の意向を把握しこれを地域の主観的データとし(2)地域の自然条件・社会的条件・産業構造・生活環境等についての資料集約を行いこれを地域の客観的データとし(3)更に地域発展のために今までとって来た種々の施策を顧みて地域の歴史的データとして位置づけ、この三種類の基礎資料を整えた。 計画に際し,計画変数のみに固執する場合それは空想的なものとなる。計画変数のとりあつかいは計画与件を明確にした土壌のなかで行われその地域の動向を正しく誘導する立場に立つものでなければならない。 従ってこれらのデータの活用により地域の動向を分析的に確認し,地域の方向を総合的に予想することをめざすことによって.単線的な計画から脱皮し住民意志とその調整により,地域条件と調和した多様な生活方式の選択が保障される「生物体的な地域空間整備計画」を策定しようとするものである。 一般的に計画の目標は先ず量的水準が示されそれに至るフィジカル・プラン が立てられるのが通例であり,ここに計画変数の操作がされるのであるが農村を総合的に捉えて計画しようとする場合,必ずしも物的・数量的に明示してしまえない幾多の問題がある。
特に地域を種々の側面をもつ環境として見る場合に於いてはそれが著しいのであり,その具体的手法は充分確立しているとは限らないのである。 従ってこの計画は冒頭で述べた通り地域の未来への方向選択を示唆する性格のものであり,具体的な農村課題を直接的に解決する事業実施計画的性格のものではない。 またこの計画主体はいうまでもなく協議体(
しかしこの協議体を構成する団体・機関は,凡て責任ある執行体である。従って本協議会に於いて計画された課題については何らかのかたちでそれが推進され,或いは実行されなければならない仕組みになっている。 この計画の性格については概ね以上のとおりであるが、要するに本地域の将来に向って歩むべき道を地域コンセンサスとして明らかにし住民のための住民による長期的なムラづくりの方向のもとで今後果たすべき住民・団体・機関の各々の役割と予測の決定に役立とうとするものである。 第三節 計画の構想 ―未来の選択と創造に向かって (目次に戻る) 計画の対象である本地域とは農林業生産が内包された居住の場である。 それは自然環境の上に農林業生産活動を中心として多様な生活・個々の意志が多彩な「必要」のモザイクを形成する 地域社会である。
このなかでさまざまな要素が関係し合い相互に働きかけ合う有機的な複合体である。 このように地域は物理的空間であると共に社会空間である。 これを対象とする計画は「存在即関係」の思考方法によって策定されるべきである。 例えば地域の或る一つのものが 「何故そこに今まであるのか」 「それは,どのように変りつつあるのか」 「それは,どのように変るべきものなのか」 「どのようにしてそれはくりかえさなければならないのか」 「そこに或るものが生れるとすれば、それに関係する何が消え去り何が残り新しいどのような関係が生じるであろ うか」 等の問いかけをつづけるなかから計画が発想され練り上げられてゆくべきである。
存在の変化は必ず関係の変化となるのでありその相関関係が浮き彫りにされなければならないであろう。 この諸作用の対立・緊張関係がいくつかの革新を生じさせ,その次元から対立が調整され、緊張が調和に向う。 そしてまた,やがて新しい情況変化によってこの様な相互関係が再び表れる ……。 このような過程のくりかえしが行われているのが我々の地域空間である。 このなかで生活者としての住民の選択が生れ,総合体としての地域の未来が次第に決定されてゆくのである。 とすれば我々の計画はこの対立・緊張関係を認識しその状況の変化を考慮して生物体的に地域を把握するところから 出発すべきである。 そしてこのような諸作用の相互関係を全体的に調整しより望ましい状態に育てあげる保育的な調和関係の創造を求め ることである。 地域を組成する人間・土地・資源のよりよい関係,これらの調和ある相互関係をつくりだしてゆくところに地域計画の意義があるとすれば,そこに働くべき論理は従来の如き経済的・物理的な競争・対決の論理に偏重してはならず,より人間的・生物的な共棲・調整の論理が編入されたものであるべきであろう。 即ち地域を単に物理的な開発可能性の実験対象としてとりあつかうのではなく,あくまでも総合的な生物体としてより健全に保育し育成する視座からその為の条件整備として開発行為を位置づけるものでなければならない。 しかし現在までの一般的な地域開発計画は,地域というトータルな生活空間を分解して単線的な事業や対策を先行させ地域の単一機能化を促進し,それが地域を部分品化して地域の自主を失わせその結果地域の貧化を招いている傾向がありはしないか。 この反省と批判に立って我々は多層化している地域の多様な「必要」を,地域のとるべき「方向性」によって調整・充足させるために先ず地域の「総論」を求めるのである。
だからこそ我々は,地域なりにこの地域を総合体とした自らの計画を構想する。 その基本課題は次の二つである。すなわち 第一は「今この地域として為すべきことは何か」を明らかにすること。 第二は 「我々が地域の明日に任せるべきことは何か」を明らかにすること。 これらのことがらを 地域責任者としての住民の意向と自然的・歴史的条件から明らかにすることによって「わが里づくり」の方向性が確 立されるであろう。 その第一については
?人と自然の関係をより高度なものにしてゆく方向で,多面的に農林業生産の発展を図ること。
?地域全体の景観を保育する方向で、自然環境の保全を図ること。
?地域生活者の現代的要求を充足させる方向で、生活の基本的条件の整備を図ること。 その第二については ?地域の真の健全性を確保する方向に於いて,資源保護・開発余地の留保等により地域余力のたくわえに努めること。
?次代への人づくりを行う方向で,コミュニティの形成に努めること。 地域に対する責任として我々が果たすべき今日的課題(第一の基本課題) 1、 人と自然の関係をより高度なものにしてゆく方向で,多面的に農林業生産の発展を図ること。
生物社会の生態系は生産力の最も効率のよいシステムであるといわれる。 それは消費されたものが生産者の利用になるようなかたちで循環するものであり、その有限な器のなかで競争と共棲がくりひろげられ,そして環境規制や社会的規制を通りぬけたものが優位に持続して存在し残ってゆくのである。 このような現象に如何に有効的に働きかけ長期的に健全な生産力をあげるか。 それによる所得を如何に確保するかが農林業生産の基本的な問題である。 それにはまず作目が正しく選択されなければならない。この作目を決定する最大の要因となるべきものは言うまでもなく,地域の自然条件である。 この自然条件とは 1、植物の状態 2、土地の状態(地形・地質等) 3、気象の状態 地域の体質としてのこれらの条件と人々とのかかわりが土着した農林業生産の伝統的技術をうみ,このかかわりにより歴史的風土が形成されている。 技術革新はこの地域農林業の系譜の上で絶えずくりかえされるべきであり,そして新しい社会状況に応じた個々の経営間連携が保たれる必要がある。
地域発展の基本方向はこのように風土に即した地域整備を原点として地域を生物体としてとらえた資源管理を行うことであり,これが究極に於いては人間性のより豊かな地域社会をつくることになろう。 これらの地域内部的な努力の蓄積が全体的には国土の保全と健全な社会建設を結果させ、いわゆる「日本のふところ」づくりになるのである。
しかしこのような方向から生じてくる経済生活上の利益喪失が現実にあり,恒常的な低収入の淵に立たされた農家の切実な要求は所得向上のための対策である。 農林業の生産・流通構造の改善努力及び地域関連産業の振興等はこの為に当然行うべきことがらであるが,より根本的にこの深淵を克服するには,さきに述べた地域の公共的な価値を評価する国民的合意をとりつけそれに基づく国政上の農村支持政策と農林畜産物の価格保障政策が樹立されなければならない。 かつては都市(工業)の側からの農村(農業)に対する要求が殆どであった。が価値の転換期を迎えている今我々は都市に対し農村の側からの要求を行うべきである。
集積の利益にささえられその過度集中が資源乱費と公害をもたらしている都市に対して農村・農林業の存在自体の国土的公共性を主張し農林畜産物の交換価値に社会的な附加価値を重ねるメカニズムを設定すべきである。 農村に於ける自主的な地域環境の創造と長期的に健全な生産力の培養への総合的な努力が地域間連帯をもって行われこれに対し真の国家的支持が裏打されてこそ延々として続いて来た「農村の問題」が克服されるはずである。 2、 地域全体の景観を保育する方向で,自然環境の保全を図ること。
地域計画の実行は地域景観の現出となる。 我々の農村に於ける景観とは自然生態的な調和景観である。 自然環境の豊かさは動植物の生育を多彩なものとし,更に人間の特に感受性の豊かな子供らの精神的な発育をより創造的なものとする。
ここに動植物の育成により生産活動をおこなう農業社会と子供たちを養育し教育するのに適した地域との複合性が生じる。 この方向性を発展させいわゆる「育」の地域像を現出すべきである。
そこにおいて自然・資源の保全・培養と歴史的に蓄積された地域的遺産の継承と新しい息吹の地域創造とを連結させる健全な地域形成を求めるのである。 3、 地域生活者の現代的要求を充足させる方向で,生活の基本的条件の整備を図ること。 地域の生活環境に関する指標としては一般的に安全性・保健性・利便性・快適性の四つがあげられ,この各々についての施設や環境の状況分析と整備目標の設定がおこなわれる。 本地域においてはこの四指標を保障するような社会基盤施設が整備されているとは到底いえない。 しかし「農家調査」に於いて明らかにされたことは本地域空間が広範な意味に於ける住環境として高く評価されており子々孫々が定住する生活環境としての地域的魅力を擁していることである。 しかも近時,交通・通信網等の発展により時間距離は年々短縮化され本地域の市街地・地方都市・大都市への社会的経済的距離は次第に接近している。 これらにより地域の内側としての「住む」環境に対して,いわゆる「働く」場所は地域を超えて外延的となり次第に広域化しているのである。 こうして通勤圏・経済圏は拡大するのであるが地域に「住み着く」ものはおそらく一定されるのであろう。 従って公共施設や住環境整備の方向はあくまでも定住者に主体性を置きその生活者としての現代的要求を充たす方向に於いて社会資本を整備すべきである。 この定住者主体的生活環境整備の方向性とは地域に定着する住民が皆んなで考えながら歩きまた共に歩きながら考えることによって形成された伝統的な風習や地域的遺産等を再発見し,その伝統的なものに現代的な附加価値をつけようとすることである。 住民が価値観をもつ「住む環境」としての「自然」は歴史的に保全されてきたのに対し,「生活施設及び生活サービス機能」は歴史的に良質ではない。 これには,今まで農村地域に対する総合的な社会資本の投下が不充分であったことを第一の理由としてあげ得るであろう。 しかしこれを,地域外の要求や他に依存したやり方で行ってはならず、前述の方向性によって、例え整備速度はおそくとも,地域の主体性を失することなく「自然」と調和した「生活関連施設・生活サービス機能」をこの地域なりに住民努力によって蓄積してゆくべきである。 その為の施策を行政的に識ずることにより,その蓄積は相乗的に作用し地域の個性がより一層健全に発育されるのである。 以上の三点を総括すれば本地域の農村空間整備計画は,生態的な保全の立場と経済的な開発の立場との両面から地域を考案し,この両面が交叉する地点に向う行動基準を設定することであろう。
このことを今日的課題とし,これに対し我々のあらゆる努力を注ぎ込み,よりよい「生活の器」として本地域を創造的に発展させなければならない。 地域の明日に委ねるため,現在我々が努めておくべき(第二の基本課題) 1,地域の真の健全性を確保する方向に於いて 資源保護・開発余地の留保等により,地域余力のたくわえに努めること。
地域住民はその地域の自然的・社会的条件規制のなかでくらし,とりわけ地域の土地を守りつづけている。 その住民の主体性に基づく「地域管理」・住民生活をささえる資産としての「自然環境の管理」が行われるべきであるが,少なくとも我々の地域ではそれがこれまで或る程度為されて来たのではないか。 今後に於いても一層定住者の共通資産として,地域空間及び自然環境のよりよい管理が果てしなく工夫され得ることが何よりも必要である。 現代の化学的技術や機械力は自然に対して極めて深刻な変化を起し得る。その変化はともすれば自然の回復力を超えた破壊作用を起し地域に対してとりかえしのつかない変化をきたしかねないのである。 もし我々が今日に生きることのためにのみこの力を駆使し今日のための地域開発を全面的に行うとすれば,それは極めて危険性を帯びることとなり場合によれば自然的調和関係を完全に崩し培われてきた諸関係の急変による混乱が地域破壊を招来することも予想される。 かつての,そして今の,更に向うべき時の,そこに住み着く者の生活の息吹のかかる地域を志向するとすれば--------そして共棲・共存の生物体としての地域づくりを求めつづけるとすれば,我々は地域外資本・外部的権力等の要請による開発圧を排せねばならぬ。
幸い我々の地域は比較的開発の環境圧が少なく豊かな風土が形成されている。 祖先の,そして我々の,そして子々孫々の,この地域をよりよいものとする努力の果てしないくりかえし ------。 それを可能にする余地の確保という明日の地域住民への信頼の思想が我々の地域計画の根底に据えられていなければならない。 今に生きる我々は,とりわけ明日の人々にこの余地を残し,あたえるようにすること ------。. これが地域の根強い活力と持続的な発展を保障することになるであろう。 しかも歴史的な価値観の転換が生じつつあり,現代向けの価値観はやがて新しい価値観にとって変わられるであろう。 このような価値体系の質的な変化とその多様な変遷のなかで,余地の留保は明日への我々の重大な責任である。 従って地域整備のデザインは今日的感覚のみで描き切られてはならず,絶えず歴史的な感覚によって描かれるべきであり明日に託する開発余地が配慮され資源の豊かさを保証するよう節度と制御のある企画と実行が必要である。 これはそのまま余力を蓄えた地域の生命力としてはたらき,真に豊かなかつすこやかに育つ環境が創造され物心のバランスがとれてしかも余裕ある「すみか」としての地域空間を生むのである。
2、 次代への人づくりを行う方向で,コミュニティの形成に努めること。 我々は祖先が営々として「時」に刻み込んだものの上に,子孫への贈り物を見誤らぬ確かな見識によってつくらねばならない。
「時」により我々の視座は転換するものである。
自然の摂理は不変であろうが,そして安住・安息へのアプローチはいつまでもくりかえされるであろうが「時」により我々の「必要」は変形する。 また環境には時間性がありその時間性が多種類の機能をもつ地域空間を組成している。 だから明日への価値観が明日の地域づくりとなるのである。 我々が未来に譲渡すべきものはこの明日の人間がよりスムーズに入れられる器であろう。 その器とは我々にとってこの地域空間である。 ここでは地域の人間化が図られ現代的な「必要」が「未来」に障害をもたらすことのないよう程よく充足され自己管理される地域社会の形成が志向されるべきである。 近代,中央集権による地域のコントロールが地方化をもたらしたが,それに対する地域住民の批判とその克服が新しい地域文明を創り出す筈である。 この新しい地域文明は住民の自治意識の土壌の上に発芽する。 これを育成する自己管理が地域自らの手でおこなわれなければならない。 くりかえすが,自然と人そして人と人のよりよい横の関係が正しい自治とその地の歴史を発展させるのである。 そこには必ず地域モラルが自生するようになるであろう。 地域に生きる住民の住民による道徳律が自主的に発生して初めて真の地域文明が稔るのである。
物心両面の汚染と貧化が進行している現代社会の批判の上に物心両全の浄化運動が住民相互より起されてこそ,そこに地域環境の調和を保つ自律機能が見事に発揮されるムラがつくられるであろう。 それを我々は期待し先ず地域住民の「地域管理」「自治意識」の向上をもたらす「場」を創出しなければならない。
コミュニティは本質的に歴史的な空間であり,伝統的な風俗・風習,今日の葛藤と努力,明日への期待と信頼が渦巻き,或いはちりばめられた広場でなければならない。 そこから次代の価値体系が地域的に形成される。
明日への献納。 それは我々にとって真のデモクラスチックなコミュニティづくりである。
第四節 計画の手法―計画への視座として (目次に戻る)
1 地域を生活空間として捉えること。
ここにいう「空間」とは再生産の不可能な限定された地域的器であり「生活空間」とはその空間領域に人間的要素を投入したものである。 我々の生活空間は農村地域であって歴史的な「農村問題」が根底に横たわっており,農村生活者の要求においても所得向上のための経済的課題と生活環境整備の課題が表裏一体となっている。 2 我々の生活空間は本地域の「自然」を基本的な体質としていること。
地域の「自然」が農村空間の生産活動の基盤となっておりその上に固有な生活様式がうまれている。 この地域空間に農村生活者は「美しく人情豊かな里」というイメージをもっている。 それを発展させるところに地域のパーソナリティとしての「風土」が形成されてゆくのである。
3 我々の計画対象はこの農村空間であって,それは諸機能が複合する多元的な総合体であり諸種の組織の集合状態を示しているのを認識すること。
(1) 農林業生産メカミズム (2) 物的生活環境 (3) 生活者の意志,集団の状態
4 我々の志向する地域計画は農業の論理によって組成されるべきこと。
この場合,工業の論理に対置した農業の論理であってそれを自然と人間を媒介するのが農林業であり,また人間全体にかかわり「生命」とそのメカニズムを示す役割をもつのが農村であるという価値形成の論理として位置づけ本計画の基底に据えることである。
5 従って我々はエコロジカルな立場から「地域」にアプローチすること。
生活空間は,人間を含む生物が各々住み分けて連帯し,共存してゆく多元社会である。(とすれば,計画の画一化こそ最も危険である) 従って地域の多様性と柔軟性を保障する社会と歴史的な風土に応じた最適環境を創造する方向で計画作業を進めることである。
6 その領域のなかにおいてエコノミカルな開発を図ること。
しかし本地域における経済活動は不充分であり,一般的に所得源が乏しい現状である。従って今後,地域に対して長期的に適合する経済開発を推進しなければならない。 この場合,ただ個別的な果てしなき規模拡大という地域の生態系,資源の循環性を無視したスケール・メリットのみを追求して環境的デメリットを招来する方向ではなく,我々の日常生活を連帯して豊かなものにする方向を志向すべきであり面的・協調組織的な経済活動の活発化を促進することである。
7 地域施策と構造施策の有機的な統合施策を講ずること。
農林業とは本質的に自然資源の保全・培養を通じて経済的活動を営むことである。 これが結果的には最も効率的な生産力をつくりあげることとなり,施設化・機械化的な農林業もこの原則を無視した場 合は長期的な発展は望めない。 しかし農林業の経営構造は今後一層強靭なものに改善されるべきであり,そこに現代的な労働条件と革新的な技術が組み込まれ生産性の向上が図られなければならない。 構造施策によりこのような中味の濃い経営体を創出すると共に個別経営間の連携組織を強化し資源の相互活用と連帯意識を高め,いわゆる横の関係が補強された農家群が編成されるべきである。
その生産活動を支え,地域の社会生活に現代的機能を附加し,伝統に根ざした清新な風土を形成してゆく地域施策が必要である。 このように産業と環境の相関関係をより調和させ発展させる総合的・有機的な施策を用意すべきである。
8 総合的な目標は人間性の豊かな里づくりであること。
それは農業の里・教育の里・保養の里であり,働き,学び,憩う里づくりである。 そこでは自然を美しく保ち,人情豊かな連帯を培い,共棲・共調を育てる里をつくるために 何を保全し何を保育し 何を開発し 何を再編成するか という広範な地域構築の論議が起されるべきである。
この地域の歴史に育てられ,この地域の現状として生きる住民自らによってのみ悔いなき地域の未来選択が可能であり豊かな人間性にみちる地域へのこれらの人々の合意と合力によってこそ初めて次代に誇りをもって譲り得る「里」が築かれる。
9 地域の価値を高める風土形成のために,社会資本充実の方向を明らかにすること。
風土とは一般的にその土地の気候・気象・地質・地形・観等の総称とされてきたが,このような自然現象のみでなくそれを通じて歴史的に形成された我々自身をとりまく社会関係をも意味するものとも言われる。 その意味で自然と人間のかかわりあいの状況であり,より歴史的・特徴的に表現される地域生活の総合体であろう。 とすれば地域の総合的な未来像とは我々が形成すべき風土であり,我々がこの地域空間を整備してゆく方向は地域の歴史に根ざした新しい農村という風土をより健全に保育することである。
我々の地域空間にとって風土とはこのような農村であり,この農村とは水田と山林を基盤とした生活の場の諸関係が総合的に改善されるべき里である。 そこでは生産力をより高め生活をより豊かなものとするための住民要求に従って社会資本が効率的に整備されなければならない。 住民努力と行政効果は,そこに文明的な自然・調和ある環境が生れることによって実るものであり,如何に豊潤な農村風景が現出するかによって測られるべきであろう。 地域の個性とは風土であり,真に個性的なものに真の普遍性がある。 従ってそのなかにおいて地域の価値がつくられ個性や多様性を容認し合うところに生物的な「共存」の地域がうまれる。 我々はこの方向から地域の生産関係をどのように改善すべきか,この地域の文化的遺産とは何か,そして伝承すべき風俗・風習にはどのようなものがあるのか,といった地域の伝統的な特性と改善点を浮き彫りにしなければならない。 このような地域の歴史的風土を自覚した定住者の主体的な意志による未来への努力の蓄積が,地域にとっての真に新しい生命となるのである。 ここから経済と文化の融和した地域社会が微妙な自然環境のなかに形成される。
計画はその結果により生ずる種々の相関関係を考慮したものであること。 地域社会が多層化し地域住民の必要が多様化して,しかも社会事情が変動的な状況のなかにおいて住民の意志が複雑に交錯・混在している以上,一案計画(オンリーワン・オア・ナッシング計画)は危険性を帯び易い。またその計画によって与えられる結果としての諸関係の変化も具体的には明確に予測し難いのが現状である。 従っていくつかの提案がおこなわれ,その結果についての人と人の語らい,自然との試みがねばり強く継続されなければならない。 これによる選択の自由が保障される計画スタイルが必要であり,而もそれは固定的なものではなく柔軟に変更を可能とし得るものでなければならない。
そのためには,いわゆる地域断面的な図式的セット方式ではなく統一的な地域理念のもとに多様な視座から準備されたメニューを地域の生活者の必要により選択し,それを計画機関が総合的に調整して諸関係を有機的に関連づけながら計画を煮詰め,実施機関はその方向に従って更にローリングしながら事業推進を図ることである。 このように地域生活者の要求を根とし,地域コンセンサスを芽として,地域のトータル・システムをより強靭に発育させ次代に対し真に豊かな結実をもたらす「ムラづくり」へのアプローチこそ我々の使命である。
第 五 節 未来の素描 ―― 「自然」と「連帯」の風景 (目次に戻る)
地域の環境 澄みわたる空気を通して,さんさんと降りそそぐ太陽の光
高原の豊かな清流,たちこめる霧,海辺によせる暖流
その恵みを受けて育つ多彩な生物群
緑に煙る農村
肥沃な土壌
連帯のなかの人々の語らい
自然に和して形成された資源の循環
長い間にわたり祖先の培った文化的遺産の伝承
それから湧きいづる明日への確信
より住みよく,より働きやすい,次代づくりの惜しみない努力
これらの包みこまれた豊潤な風土
物事が静かに実る「育」の環境
そのなかに健やかな住民生活がまろやかにひろがっている 生産の場
この地の自然と歴史を礎として地域全体の整然たる土地利用が行われている
農用地は公共投資と住民の努力によって見本に整備され,農家の管理が行き届いている
森林は丹念に育てられ複合的な価値を擁している
透きとおる水と柔らかい土と豊かな光,それらとの人々のバランスあるかかわりが,生産の場にくりひろげられ どこまでも生活を潤わせている
農林業を営むものはお互いに協調して,絶えず技術革新をおこない
生産物の種類,質,量や生産の仕組について,年々工夫をこらし,その流通・加工のシステムを新しくしている
地域産業は利便性の上に調和を保ち,計画的に配置され,安定した農家類型が編成されている。
そして
農林業を幹に,商工・水産・観光の枝が伸び たわわに所得の実をつける産業の大木が歴史に根を張り地域に隅なく茂っている
各々の業態別従事者は共に生き,共に栄えることを願って地域管理の自律的なコントロールがおこなわれている
生活の場
集落には「情け」が生き,生活環境は衛生的に整備され、安全性が保たれている
子供の遊び場や老人憩の家などが点在する農村公園のなかにあり,海辺,川辺にも保養と教育の場がある
諸施設は公共的に作られているが,その管理は住民の創意工夫によって運営されている
歴史的な自治拠点にある地区コミュニティセンターをテコとして地域の風俗・風習が伝承され
文化的な行事も、住民自主によっておこなわれている
これらの集落や地区の結節点である市街地には,地域の経済.文化.自治活動が集積され
地域の枢軸として農林業コントロールタワー,地域コミュニティーセンターが設けられている
街並みはオープンスペースと緑を豊かにとり入れ,清潔に整備されて台地の顔を象徴している
そこでは高度な生活サービスが提供されており,人々の保健性が保障されている
すべてのものが個性にあふれ,快適で活力にみちた「田園都市づくり」に等しく参加している
この地域の交通・通信のネットワークは都市的であるが,どこまでも郷土色をもっている
四季それぞれの豊かな変化に応じ、住民の要望に即し語らいの場が設けられ
農村の心の結び目が新しい装いをもって復活している
人々は、この地をこよなく愛し,この地域に住むための土着の倫理を持っている
子々孫々に至るまで,この「住む地」としての他所では得がたい「自然」と「連帯」の魅力を譲り渡そうと努力している
―たとえ如何なる事態になろうとも,この地にだけは必ず人々が住みつづけるー
みんなそう確信して,ひたむきに努力している
そのことに疑いをもつものは,この地にはいない
第三部 「現在性」と 総合計画の問題 (目次に戻る)
――いま、キーノートは如何にして可能か――
現在性という、混沌たる交錯の時空における計画とは何か。 諸事、歪みと捩れ現象が顕著に露出し、かつ不透明に流動を続ける現在状況下において如何なる計画が成立しうるのか。
第一節 国土(地域)の持続可能性に関して (目次に戻る)
国土審議会調査改革部会は 「二十一世紀は変革の時代である」 との現状認識を示して 「開発と保全、成長と安定、グローバリズムと地域主義など、相対する価値観が交錯する中、わが国の人口は、これまでの増加から一転して減少へという変曲点を今や過ぎようとしている」 と概括している。(調査改革部会に置かれている「持続可能な国土の創造小委員会」の平成16年2月発表の政策の基本方向についての検討報告書)。
その様相については 「人と自然の関係を見ても、大きな変革を迎えている」 という視点から 「生物多様性の保全上重要な里山林や湿地、干潟等の減少、絶滅危惧種の増加に加え、地球規模での環境問題の深刻化も懸念されている。また、少子・高齢化の急速な進行に伴い大幅な人口減少となる地域では、地域社会そのものの維持が困難になるとともに森林、農地等の国土資源等の管理水準の低下が憂慮される。更に、自然災害に関しては、人口減少地域での国土保全機能が低下することの懸念や都市部での災害に対する被害ポテンシャルの増大がみられる」 とした。 続いて同書は 「拡大一辺倒の成長型社会で醸成された二十世紀の価値観が、環境制約と人口減少を迎える二十一世紀のわが国に適用されるはずはなかろう」 と明確に書き切り、続いて 「価値観はダイナミックに揺れ動き、長期的な人口減少という社会変動を迎えている」 ことに鑑み 「これまでの空間的・量的拡大から、ともすれば、いたみを伴う縮小・撤退へと大きく舵を切り、活力を維持しつつ環境と共生する持続的な社会を形成していかなければならないのではないか」 と問いかけている。
その上で、小委員会としては 「主として人と自然の関係について国土の現状と課題を検討するとともに、持続可能な美しい国土の創造に向けての今度の政策の基本方向について検討した」 という。
その中で、私のいつも気になっているのは「多自然居住地域の再生」や「多自然居住地域の活性方向」などという概念である。 「少自然」な地域に対して、自然の多い地域を示す意図での表現であろうが、しかし、私は「多自然」という造語に は、違和感を、もっと言えば嫌悪感を抱いている。 もともと「自然」とは「多様」なものである。 それなのに何故、「多自然」という概念の重ねをあえてしなくてはならないのか。 いうならば、そこにすでに「現在性」が落ち込んでいる底なし沼のような深淵がありはしないか。
そこには、国土の現在性が具有している問題が横たわっていると思う。 効率と画一の論理による都市型に偏重した国土が置かれている現在性の落とし穴。その象徴的キーワードがつまりそれなのではないか。
要するに、「多自然」とは、本来の自然に対する「反語」のようにさえ私には思われる。 さらに「多自然工法」というのもある。それは、いわば天然自然の人工化を許すものである。 人工化自然を容認し、擬似自然を造成するための、近代技術的なトリックとでも言いたい。
梅原猛著『現代を生きる』の中に次の文がある。
「いまは、海水浴に行くといっても、海水浴場が危ないから砂場にプールを作り、海がその向こうに見えるプールで泳ぐということがあたり前になっています。海で泳ぐのは危ないというのです。おかしな話ではありませんか。 そういう危険性の少ない自然の模型、いわば「偽自然」の中にしか子どもを置かないというのは愚かなことです。生の自然は恐ろしくて危険なものですが、そういうものに触れないといけない。 (中略) やはり、ほんとうの自然、生の環境に身を置き、そこで生きるという経験から、人間の知恵というものは出てくるのだと思います。これは子どもの教育に限ったことではありません。 擬似的な環境や学習によって得られる知恵は本物ではない。実践の場で学び、習得していく知恵こそがほんとうの知恵だといえるでしょう。 (中略) さらに付け加えれば、一つの限界にさしかかった時代に生きるわれわれは、さまざまな面で行き詰まりという事態に直面しているわけですが、だからこそ、原点に帰ることを意識しておかなければならないと思います」 このように述べられています。 二〇〇一年のことです。この予見性と現在性の認識。 これこそ、私たちの「場」なのではないか。地域のもつべき視座なのではないか。
この視座は、「無痛文明論」(森岡正博 大阪府立・生命学)の見方と私の中では重なっている。 ここでいう無痛文明とは、氏によれば 「苦しみとつらさのない文明。それこそが、現代文明の目指している究極の目標なのではないか」 「現代文明とは、集中治療室ですやすやと眠っているような人間を、社会的規模で作り出そうとする営みなのではないだろうか」 「集中治療室のなかの人間にいちばん似ているのは、家畜工場のなかの家畜である」 「人間が自分自身を家畜にするという意味で、<自己家畜化>と呼ばれてきた」 このような見方である。
そしてこうもいう。 「目の前の苦しみを避けるために、自分のまわりに目隠しのための幕をはりめぐらし、自分の仕掛けたその罠にみずからすすんではまっていくことである。目隠し構造はわれわれのまわりにすでにあふれているが、無痛文明においてはさらに洗練されて拡大していくであろう」 と述べている。
このようなイメージが、私には、多自然工法や多自然居住地域、そしてビオトープなどの言葉から迫ってくる。 それでこの「自己家畜化」ということであるが、それは、第一に「人工環境化」である。生活空間の人工環境化であ り、どこか家畜工場に似ていると氏は指摘する。 第二は、食料の自動補給装置ができているという状況。第三は、自然の脅威を少なくする仕組みができている状況。 第四は、品種改良。第五は、繁殖の人為管理。第六は、身体の形態の変化。 これら一連の家畜化の特徴は、「現在性」の中に暮らしている人間にもよく当てはまるものであり、人工的な多自然の世界にしか棲めなくなった人間の行方を暗示するものである。 したがって、このようなベクトルは、今や常識化しているクライシスであり、決して望ましい方向とはいえない。 次に「産業からみた地域の活性化」の方向として、さきの同小委員会は 「地域の重要な産業である農林水産業について、食品産業・木材加工業との関連、直販所の設置、契約栽培等を通じた消費者との顔の見える関係の構築等、様々な新たな動きがあり、今後も、重要側のニーズを把握しつつ、更なる活性化を図る必要がある」 と指摘している。 しかし、それらは、何も新しい提案ではない。しかも、真の農林水産業の本質には触れず、全く表層的で、かつ外縁的な認識である。 いまの、はやりの「自然志向」「ゆとり」「交流」「癒し」などという言葉の小石が散らばる乾いた小川のようである。 地域づくりの目標の明確化については 「農林水産物の生産、二次的自然環境の形成、農地・森林等の国土保全の機能、地域文化の保持、都市農山漁村交流・農山漁村居住としての場、循環型の地域社会の形成の可能性等、多自然居住地域の有する役割はさまざまなものがあり、これらに対する認識の高まりとともに、様々な取組が行われ始めている状況である」 として、そのような地域の機能を適切に発揮させるための目標設定を提起している。 第二節 二層の広域圏構想に関して (目次に戻る)
現在、全総の時代は過ぎているとも言われるが、そんな中、これまでの計画様式ではないかたちで策定された「二十一世紀の国土のグランドデザイン」(第五次全国総合開発計画)が、その見直しの時に来ている。 そこで、「二層の広域圏」構想が提起された。(平成16年2月、国土審議会・調査改革部会 地域の自立・安定小委員会の報告) これは、 「今後我が国において人口減少、少子・高齢化の急速な進行が見込まれるなか、特に大幅な人口減少等が見込まれる地域では、地域社会そのものの存続が困難となり、国土保全にも支障をきたすことが憂慮されている。こうしたなかで、地域の広域的な連帯により、人々の暮らしに対する満足感を高めるとともに自立・安定した地域社会を形成することが重要である」(同審議会報告の「はじめに」から) との認識のもとで、今後の方向性を検討したのが今回の「二層の広域圏による自立・安定した地域社会の形成」である。
この構想を立てた最大の要因は、深刻な人口減少である。 それは、あと二年後の二〇〇六年をピークに、それからは史上初めての継続的な減少傾向に入ることが推測されている。 つまり、二〇〇六年の人口は一二、七四四万人。二〇二五年は一二、一一四万人でマイナス五パーセント。二〇五〇年では一〇、〇五九万人で、ここではマイナス二十一パーセントになっている。 そこに、年金問題をはじめとして、あらゆる現今の国の諸政策を誘い出す要因がある。
国土審議会の同『報告書』では 「わが国の人口の長期的推移をみると、一九世紀後半から急激な増加が始まった後、約一世紀半の間に四倍程度まで増加し、現在に至っている。しかしながら今度は、低い出生率などを背景に、二〇〇六年にピークに達したあと減少期に転じ、今世紀末には二〇世紀前半の規模となることが予想されている」 という。 しかもそれは、 「我が国全体として人口減少時代を迎えつつある中で、人口が増加する地域と減少する地域との二極化が進行している」 との予測がされていて、例えば二〇〇〇年から二〇五〇年までに、人口密度が五〇人(一平方キロ当たり)以下の地区が全国で三三、九九パーセント増えるという。 なかでも遠隔地(都市圏から一時間以上)は、この期間の全国平均の人口減少率二〇、七パーセントよりも一三ポイン ト以上高くなる推計がなされている。 高齢化の波が一層強まる本県、そして本地域などは、その一方の極の、減少傾向が顕著になる典型的な地域に入る。 国土審議会の今回提起した、道州制を視野に入れた方針である「自立広域圏連帯型国土」は二層構造を想定している。 そこでは、日本列島を二つの視点から考えている。 その一つは国際・広域的な視点としての、人口六〇〇万から一,〇〇〇万の規模を目安とする「地域ブロック」。 もう一つは生活に密着した視点としての、人口三〇万前後の規模で交通一時間圏の「生活圏域」である。 この地域ブロックの自立圏域は、欧州の中規模国並みの国際競争の潜在能力を持つものとされ、東アジアをその視野に入れている。 また生活圏域では、少子高齢化の中でも各種の行政サービスを自治体の地域的な連帯によって補完し合い、維持することが想定されている。
「今後の方向性」については 第一に、「二層の広域圏」によって国土全体として自立・安定した地域社会を形成すること。 第二に、生活圏においては、圏域内での機能分担と相互補完によるサービスを維持すること。 第三に、地域ブロックにおいては、拠点都市圏としての産業集積を形成することで活力を維持すること。 第四に、地域づくりの指針については、地域に内在する資源を活かす「自助」を基本に、他の地域との多様な依存関係を深めていく「互助」をあげている。その結果、バランスを持った「ほどよいまち」が形成されるとしている。
要約すれば 生活面では、「生活圏」において都市的サービスをお互いに機能を分担し合いながら提供する役割を持つこと。 経済面では「地域ブロック」の拠点からの波及を受け止め、競争力を支える魅力や素地を持つこと。 そのことで、「生活圏域」と「地域ブロック」という二層の広域圏を形成するという構想である。 これらは、人口減少の進行する中で、如何にして都市的サービスが維持できるかの発想を原点としているようである。自衛的に圏域内で機能分担と相互補完が行えるように、主に人口容量のエリアを拡大する方向であろう。 以上のような考え方は、規模が機能を決定するという点で、従前の弁証法的唯物論における基本法則の一つである量質転換の法則を想起させる。 つまり、量的変化はもはや従来の質とは一致しなくなり、古い質が新しい質にとってかわられるという「量から質への転換」の論理的延長線上にあるものと考えられる。 しかしながら、それは果たして「現在性」のなかで適用できるような妥当性を有しているのだろうか。今日的な現実の深層にあっては、質的変換つまり「現在の質から、もうひとつの質への変換」が進行しているのではないだろうか。 むしろ、少なくても自治体の連携する圏域内においては、内発的発展論でのキー・パーソンの存在などのようにソフト的な要素が、その機能や役割の決定的要因ではないのか。私はこの問題提起をしたい。
ともあれ「生活圏域レベル」、そして「地域ブロック」に続いて、同構想は「ほどよいまち」という概念を提起し、それを踏まえた地域づくりの方針を打ち出している。 その考え方は、 「大多数は、地域経済が落ち込み、地域社会を維持することが厳しい状況にある」 「これまでの地域づくりの延長線上でさらに発展することは難しい時代となった」 との現状認識の上で、 「日本の地方圏に広がる広大な地域が、今後、外からの工場・プロジェクト誘致だけに依存しないという前提の下で、 自立・安定した社会を形成し、次世代に伝えるための地域づくりを行うことが緊急の課題である」 としている。 そのすがたを「ほどよいまち」としているのである。 この「ほどよいまち」とは、ひとことで言えば、バランスをもって長期に持続的な発展を遂げる地域のことである。 そのためには、特定の機能に特化しないということである。 この場合、バランスとは、例えば都市機能と農村機能のバランス、農業、製造業、サービス業などの産業構造のバランス、つまりは産業、環境、生活のバランスである。 さらに、コミュニチィ(地縁的な人間的な付き合い)とアソシエーション(目的別な機能的な付き合い・連合)のバランスなどである。
また、持続的発展方向として、グロース・マネージメント(成長抑制管理)ではなく、ニュートラルな立場から、スマート・グロース(賢明な洗練された成長)という概念を取り上げ、そして環境保全と開発を両立・調和させ、世代間調和も図るという意味での「サスティナブル・デベロップメント」(国連の「環境と開発に関する世界委員会」が1987年に、「われら共有の未来」で提唱したキーワード)という自主的な発展路線上の安定軌道への地域誘導が本構想のベースにはあるようである。 要は、地域発展を、接木にせず、内発的に地域資源の掘り起こしによる価値創造を行うことであり、そのことが地域の競争力にもつながるものとしている。 つまりは、地域の中で経済を回すという伝統的な姿。それを現代の広域化に拡大・発展させるための「自助」。 そのもとに、張り巡らせたネットワークによる他地域との多様な相互依存関係を保つ「互助」。 それらのバランスした組み合わせによって、地域ブロックを牽引する拠点地域と、発展のつまずきがちな地域の双方が「ほどよいまち」の価値を共有し、地域づくりを進めることが重要であるとしている。 それは、いわば、賑わいもあり、生活をさえる産業があり、田園風景があるというような、そんなイメージを提示する。 そのため、 「国と地方、事業主体と利用者、行政と非行政とが一緒になって徹底した論議を積み重ね、合意に至るようなポトム・アップ型の仕組みが重要である」 と「今後の方向性」を締めくくっている。 第三節 現在性との相克とその克服方向について (目次に戻る) 以上の論理的な仕組みやイメージは、確かに「現在性」を踏まえたひとつのキーノートたり得る可能性は感じる。が、それが直ちに「第五次全国総合開発計画」として成立するには問題が多いだろう。 「現在性」に潜む深淵は、そのようなことでは乗り越えられないからである。 またその圏域の、ただ数量的な人口規模からの設定には、私は自分の住む地域から見て無理がある、というより普遍的には実現不可能であろう。 しかもそれは、日本列島のもつ地理的条件やそこから歴史的に形成されてきた伝統的風土からすれば、現実的には大きく乖離していて、時間的に相当のずれとゆがみを生ずることが予想される。
自然的な立地条件、その環境が個性的に醸成してきた地域文化。 つまり、そこにある、いわば自然圏域的な地域を、そこに住む住民が自治するという方向での自治体エリア。 これに、それはあまりにも、そぐはないものといわざるを得ない。 いくら装飾しても、現実の深みではトリックは通用しないことと同様である。「人間をはじめ、すべての有機体の存在状 態(心理、行動など)の基本類型は、外界の諸条件、つまり環境によって、因果律的に決定されるという思想」(平凡社・ 『哲学辞典』)の《環境決定論》からみれば、避けがたい違和感を覚える構想である。
自然と人間の関係は、地理的・歴史的に「時」をかけて育ち、根を張って、そこに伝統的に存在しているものである。 基礎的自治体圏域には、環境主義的な視点を大切にすべきであり、ただ経済合理主義や国の財政的な都合への偏重によって、そのことをおろそかにしてはならない。 同構想は、そのことの新たな工夫を提唱しているのだとも受け取られる。が、地域の根元から自然体的に発想するもうひとつの工夫がいるように思う。
その際、近頃の、○○支援対策とか、○○支援等の行政機構は、住民とか民間への誘導的な姿勢ないしパートナーシップによる関わりを示すものであろうが、わたしは何か不自然な無責任さのようなものを感じている。 特に経済政策的な観点から見ると、《勝ち組優先》の支援であるように見受けられる。 そこには勝者の育成による、経済の蘇生または活性化という政策選択を秘めているのではないか。 だとすれば、アダム・スミス的な発想への逆流となろう。それでは野放図な経済競争を誘発して社会的混乱をもたらすことになりはしないか。 暴力的な自然淘汰を是認することは、その軌道修正を図った修正資本主義からの撤退であり、今や巨大技術と人工装置化を備えながら、始原の資本主義へ再突入するとなれば、そこでは重大な自然破壊、そしてさらに人間破壊が顕現化する。
その予兆はすでにあった。
極めてユニークな経済学者・飯田経夫教授は、その著『脱アメリカのすすめ』(1999年2月発行)の「あとがき」にこう書かれている。 「とくに一九八〇年代のいつごろからか、日本での経済論議が決定的におかしくなってしまったという強い印象を、私 は長く抱き続けている。おかしいのは、たとえば「内需拡大」「市場開放」「規制緩和」は絶対の善で、それにいささか でも疑問を呈すると、まるでバカ者扱いされ、そうでなければ国賊扱いをされかねないことである」
また同じく氏は『経済学の終わり』(一九九七年十一月発行)の中で 「二百何十年前、経済学はアダム・スミスから出発した。以後それは、長い時間を費やしてマルクスとケインズを遍歴し、多くの経験を積んできた。それが長い旅路の終わりに行き着く先が、もし出発点とまったく同じスミスだとしたら、はたしてこの長い遍歴は、何だったのであろうか。それは、まったくの徒労だったのか。この二百何十年間の歳月に、いったいどのような意味があったのだろうか」 と嘆かれている。そして 「たしかに最近の資本主義は,荒っぽくなった」 と指摘する。 「スミスというと聞こえはいいが、じつはそれは、《原・資本主義》 とでも呼ぶべきものへの回帰であり、ここでいう《原・資本主義》には、マルクスが指摘した狂気と荒っぽさとが、たっぷりと含まれている」 とも述べている。 さらに先の著では 「アダム・スミスにとって国家とは、必要最小限のことしかしない、夜警国家でなければならなかった」と。しかし、 そのような小さな政府・安い政府は、現代においてどこにも存在し得ない現実を語る。 そして氏はこうも述べる。 「あるいはそれは、あらゆる規制が不要のことだと唱えているのかもしれない。もしそうだとすれば、市場メカニズ・ 価格メカニズムは、決して野放しにするわけにはいかないという常識論を、私は唱えなければならないだろう。野放し にされた市場が、優勝劣敗・弱肉強食に象徴されるいくつかの弊害をもつことは、これまた常識にすぎないはずである」 と警告された。
また、野戦の指揮官と呼ばれ、日本弁護士連合会・会長で住宅金融債権管理機構社長を務めた中坊公平氏は、全国農業新聞(04/7/9)のコラム欄で 「確かに今は資本主義社会であり、自由競争と公平な市場の二つからなっている。競争力のあるものが正しいということになっている。(中略)それと反比例するかのように、心の豊かさを失ってきているのではないか。この二十一世紀、農業がますます衰退してそのままなくなるものではない。価値判断が変わるときが必ず来る。競争の論理が世界を支配することが正しいということには決してならないと思う」と書かれている。
価値判断の基準に関しては、思い出すことがある。 あれは一九七八(昭和五三)年の三月のことであった。高知県立帰全農場の場長として県下的な足跡を残された江場丈夫氏が高知を去るに当たり、「江場氏に聞く」ということで、町の広報誌に掲載するため、当時、
氏は日本的な存在で、どっしりとした風格のある方であった。明治の大きな精神的骨格をもつ農本主義者であり、希有な教育者であった。窪川の地での業績をたたえる意図で対談は行われたが、この日に頂いたのが『人間復興の経済』(佑学社一九七六・昭和五一年四月発行)という本であった。 この本の原題は《スモール・イズ・ビューティフル》「小なるは美なり、小さきものこそ美しい」。 セミタイトルにはーあたかも人間を重視するかのような経済学―と、皮肉な副題のついていたE・F・シュマッハー(ドイツ生まれイギリス育ちの経済学者、幅広い実践活動家)の著書が、以来、私の計画思想のひとつの指針となった。 同書には《メタ・エコノミックス》、つまり超経済学の思考が展開されていた。 その冒頭にある引用文が象徴的である。
経済の組織を正当に評価するには、放縦な人間の本性から繰り返される暴動によって、産業が麻痺しないよう 純経済的でない判断の基準をも満足させる必要があるという事実を認容しなければならない。 (R・H・トーニー) このシュマッハーの考え方は、《わがさとづくりの方向づけ》という副題を付した
さらに、この価値判断の基準に関して、今なお注目されるのは、『人間の経済』(岩波書店、一九八〇年・昭和五五年六月発行)である。著者はカール・ポランニー(ハンガリー生まれのある経済人類学者)であるが、その本の冒頭には
なぜなら神が人間の暮らしを隠し給うたから ヘシオドス「仕事と日々」 の言葉が配されている。
著者の「はしがき」は 「本書の趣旨は、普遍的経済史を、人間の経済という問題を、わかりやすく再考するための出発点にしよう、というものである」 という書き出しで 「人類のかかえる巨大な諸問題―自由と中央集権、自発性と計画性―は、われわれの予想以上に永続的な特質をおびて いるのである」 とむすんでいる。
また同書の編者ハリー・W・ピアスンの序文には次のように書かれている。 「現代の経済理論が一九五〇年代に確信の頂点に立った時から遭遇してきた諸問題は、ますます拡大してきて、それは、われわれを経済および経済と社会との機能的な関連についての最も根本的な疑問へと連れ戻すのである」 「彼の仕事のすべてにおいてより深い意味を持ち、一貫したテーマをなすものは社会哲学および政治哲学の領域にある。ごく簡単にいうなら、彼の関心は、近代西欧の市場システムが人間と自然を、ともども商品に変えてしまったこと、すなわち、彼が『大転換』のなかで述べたように、すべてが自己調整的市場という《悪魔のひき臼》に投げ込まれる飼料となってしまったことであった」
いま農業は、この「ひき臼」に投げ込まれた飼料である。特に伝統的な日本の個別家族経営の農業は、まさに国際自由競争市場という「ひき臼」のなかで、粉々になる運命のようである。 この『人間の経済』日本版の編集にあたった玉野井芳郎先生(東京大学名誉教授・経済学博士)は、一九八〇年に 「問題は、経済ということばの問い直しにあることは明らかである。われわれがそのもとで生きている市場社会の経 済を、本来の人間の経済へと回復させること、人間生活にふさわしい人間の経済へと回復させること、これこそ、ポ ランニーの批判的主張にほかならないのである」 と書かれた。 ここには、ポランニーを通じて、実は先生の時代を超えた卓越した予見性が光彩を放っている。 分権というかけ声のみが、地方の、それも中山間地域の山や谷間に虚しくこだましている今こそ、このような視点が、より一層切実に求められていると私は思う。玉野井先生には、数々の著作を、その時々にお贈り下さり、なかでも沖縄国際大学で教鞭をとられていたころの著書『地域からの思索』など深いご教示を頂いたこと、今にして感慨深い。 ともあれ、私は、ここに記したような先達の系譜の線上において、真の自然豊かな地域空間のなかで、人間という総合的な存在を育て守るということ。その可能性を、どこまでも地域の人々と共に追い求めていきたい。
人間の総合的存在の部分品化を避け、とりわけ人間の具有する非合理性を忘れてはならないと思う。 そのことが、現代の深淵とクライシスを乗り越える礎として、地域にしっかりと据え付けられていなければならない。 ここからの展望が、喫緊の要事である。 そこに、「いのちの空間」として、安住の地域の持続的発展方向とその可能性が拓けるものと確信する。
第四節 クボカワを核とする四万十田園都市広域圏の形成について (目次に戻る)
窪川台地。ここは山上の沃野であり、農の聖地である。 土佐湾に面する海浜は、県立自然公園でもある。 自然環境は、地域的にバランスが保たれ、第一次産業資源の宝庫なのである。 瑞穂の国・日本の典型であり、その縮図ともいえよう。つまり典型的に自然資源が濃縮されたところ
標高二三〇メートルの盆地状台地。 山襞を這うような谷々。その谷底に次第に土砂が堆積し、長い時間をかけて沃野が拡がり、そこを拠点に開拓の手が加わり、こうして窪川盆地状台地に山上の田園が形成されたものと思われる。 この盆地を囲むように森が連なり、高原の牧歌的な農村空間を四万十川がゆったりと流れ、台地の麓は土佐湾に面して黒潮海浜ラインが弧を描いている。
山河・田園・海岸。 この絶妙なバランスこそ「クボカワらしさ」である。 だから、ここには、澄んだ水、燦々たる陽光、牧歌的な人情がある。 この自然資源とそこから生まれた人間性。 これこそ貴重な、明日への遺産である。 如何なる時でも、それを守り、その環境を保ち、地域の色合いを大切に育てていく方向を外してはならない。
朝霧の立ち込める四万十川のほとりで、窪川台地を抱き白雲のたなびく深緑の山々に見入っていると、何か上代が香るのを感ずる。自然と人の世が溶け合った一種の神秘的な雰囲気が漂うようである。
憂国の数学者・岡潔のいう「神代調」なのかもしれない。「雄勁雄大にして喜びに満つ」神代調の彩りが、そこはかとなく忍び寄る感じである。 その岡潔は、今から三十六年前の昭和四三年、すでに次のように書かれている。 「例えば、昔の日本の都市は、知らない故に懐かしい、という情緒の基盤の上に立って出来たものです。だから江戸は江戸の町、京は京の町、難波は難波のまちとそれぞれの個性がある。ところがこの頃(1968年の頃)は、東海道を旅してみますと、東京、大阪、名古屋と千篇一律です。まるで便所か墓場のようです。―このような画一的な都市しか作れない。―つまり生きる喜びというのが表れない。ここで違ってくるのです(明治以前の日本人と明治以後の日本人とではかわってしまっているから)」と。
この言葉は予見的であるが現在の現実は、そこから見れば想像を絶する状況になっている。岡潔は、いまの人の世が置かれている「現在性」を見れば何と言うだろうか。
全国的な地方自治体の再編成のうねりの中にあって、だからこそ、前述のような「クボカワらしさ」へのベクトルは、今世紀の中にあって、われらが歩むべき再出発の回路であると思う。 むしろ、今あえぐ中山間地域の基礎的自治体なるがゆえに、揺らぎ止まないこの船から下りてはなるまい。この時節、 一定の与えられた役割から逃れてはならないであろう。 その役割とは、自治体の着るべき衣の縫い直しだと考える。 「二層の広域圏構想」の衣は、この地域にとってはダブダブのサイズで全く合っていない。困難の渦中であればあるだけその中に住む一人として、私たちは地域の歴史的視点に立ち、地理的条件に即してその「二層の広域圏構想」という衣は、もとから縫い直し地域の身に合うようにして着ることが絶対に必要である。それが地域に住む私たちの責務であろう。
この視点からクボカワを核とする「四万十田園都市広域圏」形成への骨格につき提言する。
まず四万十川上中流域の
次いで津野の庄の
そして、土佐湾に面する
このような、四万十川文化圏、津野山文化圏、黒潮ライン文化圏のエリアを、ひとつの「田園都市広域圏」と総称する圏域として設定してみたい。そこでこの圏域のそれぞれの史的個性を概観する。
津野山文化圏は、垂直思考型である。山間から天にいたる風土的な発想を地域の体質としている。そこには一三〇〇年代、五山文学の高祖として名高い義堂周信と絶海中津が生まれているのも象徴的である。
黒潮ライン文化圏は、太平洋を望む広々とした開放的な水平思考型である。乱世に立つ坂本竜馬的雰囲気が、その底流にある。
四万十川文化圏の盆地状台地は、弥生的風土である。四万十川の曲流する山間地域は、とりわけ縄文的風土である。 その二つの総合化としての四万十文化圏は、田園と山河・海の地域曼荼羅的なバランスを具有しており、水平的なものと垂直的なものが交差している、いわば交点思考型といえる。交点は、広域圏的な地域曼荼羅の「萃点」ともなる。
このような広域文化圏を、ここでは地域的風土や地域的個性が交差し、また凝縮しているところから「四万十田園都市広域圏」と名づけてみたい。本圏域の人口を見てみると、二〇〇四年(平成一六年)五月現在で、津野山文化圏の人口は、一一、六五二人。黒潮ライン文化圏の人口は、三三,五〇八人。四万十川文化圏の人口は、二二,四六五人である。 この時点での当該田園都市文化圏(広域圏)の合計人口は、六七,六二五人である。
国土審議会の例の衣は、どうしてもこのような現実に合わせて、縫い直さねばならない。 衣の縫い直しの仕方によれば、極めて特徴的な、世界に開かれた地域主義的アングルから、この圏域の自然資源と歴史的文化の風土や個性を十全に活用した内発的発展に至るまでの方向が見えるはずである。 地域の自然と人間の共生するステージとしての「ほどよく調和したまち」。地域における環境と活動のバランス。 これをねらいとするプランニング・イデーの底流にしながら、その具現化への作業工程を組み立てること。その作業を、四万十田園都市広域圏のキー・パーソンたちが担ってほしい。 この課題が、エレガントな島・四国の奥座敷における今世紀前期の地域創造のキーポイントだと私は確信している。
第五節
「
今また「窪川」も岐路にある。 ここに、「わが窪川」への思いと願いを、私流に述べておきたい。
前節で述べたように、窪川台地は、山上の沃野である。 すなわち、地形的には、山の上の窪地に形成された天然の沃野であり、そこは、歴史的・風土的に農の聖地である。 なるがゆえ、遙かなる時、農耕と祭礼の邑であったと私は思っている。 縄文・弥生の時代の遺跡や出土品がこの河川流域に点在しており、中でも「
往時、四万十川をある種のシルクロードとして、四国西南における流域圏の文化・経済が交流していた時代があったのではないか。そんな風景も想像される。
「窪川」という地名は、織豊期、すでに見られるという。 窪川の成因としては、左右に浸食された河川沿いの凹地に土砂が堆積して谷底平野が出来たものとされている。 現在の
それを束ねるように四万十川がゆったりと大きく曲流している。 この水と太陽の恵みを求めて「窪」「川」は拓けた。 四万十川沿いに縄文・弥生の遺跡も点在するが、この里の開拓は平安初期から始められ、多く田畑の開発されたのは主に室町時代であったと推測される。 「雨露のうるおいの豊かなうえ、どこに鍬を入れても肥えた土のある、この仁井田郷(窪川台地)は、その生活の道を 求めていくためには、このうえもない土地であったので、安んじて毎日開墾の鍬を振ったのであろう」 と
恵まれた「はぐくみの里」。
四国西南の地に開かれた、太陽と水とみどりの地域空間。 ひとつの町の中に農・山・漁・の村々が調和して共存し、第一次産業の土台がしっかりとした立地は特筆に値する。
ここは朝霧が深く立ち込め、昼夜の温度差が大きく、一名「霧のまち」とも呼ばれるこの地は、稲作に最適で、県下有数の穀倉地帯であり、「仁井田米」の銘柄米産地で知られている。 ここに戦後、《土佐のデンマーク》を合言葉として酪農が取り入れられた。 現在の「
やがて稲作転換の時代が始まり、園芸も盛んになり、「生鮮食料基地」として、多彩な生産が営まれる牧歌的な地域が醸成されてきた。 その後の農業事情は、国際市場原理という野放図な自由化旋風下、さらに少子高齢化のなか深刻の度を増している。
だが、如何になろうとも窪川の体質は、「耕す文化の里」であり、「土活真」(安藤昌益「自然真営道」)の大黒柱に支えられた「農の里」である。
いまにして、ようやく「農業・森林の多面的機能」の国土的な価値とその維持の重要性が、ようやく国民的に唱えられるようになった。
山河。沃野。そして海。 この天与の自然資源のバランスが保つ、澄んだ大気、清らかな水流、一面に降り注ぐ光線。 そのうえに、農地と人のバランス、自然と人々のバランスが持続的に維持されている。 そこには、 「ムラ・マンダラ」が在る。 「田園ルネサンス」のニューミレニアム・ステージがある。 この地域の原点を自覚して、そのうえに次代の展望を俯瞰したい。 「クボカワ」の根元に息づく無形のステージを拠点として、そこからの放射線状の自治体エリアの拡大に、私たちたちは歩を進めたいと、そう願う。 そこから展望されるひとつの方向性について、私の思いの一端を、これまでの拙稿により若干振り返ってみる。 ヒューマン・ライフJAしまんと(2000年発行「共生と協同の郷づくり」提言から)
二十一世紀を目前に、今あらためて 「何のための、誰のための組合か」 「JAは何を目指すのか」 が問われている。 あるべきJAの基本理念は、この問いから導かれなくてはならない。 二十一世紀は「共生の時代」に大きく転換する、うねりの世紀である。 そのなかにあって、あらゆるJA運動は「共生の思想」を大地に根差し着実に実践することにある。 大地は、大地自身の生命をもっている。その大地の内にある生命を導き育てること、これが他の産業にはない農業固有の本質である。 日本最後の清流という名を得た四万十川の由来は、アイヌ語の「シ・マムタ」(甚だ美しい)であるとも言われる。 それに相応しい自然環境と陽光注ぐ緑の大地が、「JAしまんと」のエリアである。 この環境基盤の上に立ち、水土を守り育てる人々の連帯する運動体として、共生の営みをいま新しく創造する姿にこそ、私たちJAしまんとの二十一世紀への「みちしるべ」がある。 ここから、私たちは「経営の基本理念」を次のとおり表明する。 透明な水と肥沃な土、そして燦々たる光 それらが人々と和して織りなす農耕文化 遠く弥生を源泉とするわが風土の歴史的潮流は、現下の谷底を乗り越え
やがて新たな「耕す文化」に輝くこの里の未来へ滔々として流れ止まない 私たちは、この清浄な山河大地に実る創造的な生命産業としての農業発展を協同して限りなく追求し 《シ・マムタ環境》保全型農業協同組合の実現と
すべての組合員のライフサイクルに応じて活性化する心豊かな「共生の郷づくり」を目指す
この決意のもとに、「ヒューマン・ライフJAしまんと」 というメインタイトルをここに高く掲げ
挙ってその旗の下に結集することを誓う
この共通の広場で、私たちは共に力を合わせ、以下の《八つの方向・方策》(「之を捨てて他に済時の急務あるなし」と策の龍馬船中八に因み、「しまんと八策」と名付ける)を展開・断行することを宣言する。
第一、 農業の原点を見失うことなく、大地に根ざす生命産業と水土の文化を機軸とする諸々の運動を積極的に展開し、二十一世紀の「JAしまんと」づくりに強く連帯します。 第二、 組合の原点に立ち返り、人的結社の本質を堅持して協同活動を強化する立場を貫き通し、組合員それぞれの能力と個性が充分に発揮できる多様な機会を設け、協同意識の回復と主体的な参加の蘇生を図るコンダクターとしての組合の使命を果たします。 第三、 JA運営の倫理性と健全性を確保するため役職員各自の責任に対する一層の自覚を促すと共に、機動的な問題解決能力の錬磨された組合員の事務局的機能を拡充強化し、基本理念の現実対応を浸透させながら長期的包括的視野に立つ安定経営を確立します。 第四、 すべての地域住民に期待され信頼される地域協同組合への展望を切り開き、いきいきとした共生の独創的地域社会をつくりだしてゆく原動力となります。 第五、 健全な自然生態系と資源環境を保全・育成し、生命財としての安全で良質な食料を作り出す、生産・加工・流通の一貫した産地づくりを推し進めます。 第六、 組合員個々のライフサイクルに応じたそれぞれの持ち味をお互いに尊重・助長し、住み心地のよい美しい生活空間とお互いの間を心豊かに結ぶ牧歌的なコミュニティの形成に努めます。 第七、 相互扶助・自立互助の運動体としての士気を高揚して地域・集落リーダーの養成を行い、かつ関係団体機関との提携の密度を高め、それらの一丸となった創造的な行動の風を巻き起こします。 第八、 農村唯一の生産・生活・文化の総合的組織体という特性を明日に生かして、二十一世紀的付加価値産品の創出を「プラン・ドゥ・シー」のシステム化により先駆け、四万十大地に深く根差した農村社会の持続的かつ飛躍的発展を先導します。 田園ルネサンスの世紀 ――四万十田園のニュー・ミレニアム――
JAしまんと企画評議委員会・座長 市川 和男
今年、西暦後三回目のミレニアムに入った。 来年からは二十一世紀になる。 とは言っても、時は、そんなことに何のおかまいもなくただ流れてはいる。しかし、川の流れは変わらずとも、人の気分は何かあらたまる。 しかも今や大きな節目に来ているのは確かだ。 先のころよく言われた断絶の時代。その断絶はまだ始まったばかりで、更に深い断絶の世紀になるとも言われている。 断絶ゆえの、断片的であり不透明で、展望の開けた高台が見失われたような時代なのである。 この暗闇の扉の向こう側には、果たしてどのような流れが待っているのだろうか。 新たな千年紀は一体どんな時代になるのだろう。 そう思うのも、現代人の不安と期待の入り交じった共通感覚であろう。
西暦の始まった第一回目のミレニアム。 日本では、農耕によって定住していく弥生時代の前期であった。 第二のミレニアムは、その始めに当たるころ浄土思想が生まれ、末法思想が流布する。平安の都の優雅さが醸し出す「日本誕生」の時代。 では、第三のミレニアムに入った今は、どうだろう。 自由放任のグローバルな市場原理のなかにある国際経済に翻弄され、農村は今までにない過疎化・高齢化の荒波に疲弊の度を増している。 この第三の千年紀に、ここ四万十大地はどのような姿を顕すのだろうか。 そう思うとき 「二十一世紀は農村の時代だ」 と、もう三十年ほど前になるが、私は或るとき大胆にもこう言い切ったことを思い出す。 (中略) こころしずかな田園の、精神的雰囲気が復位する時代なのかも知れない。 かつて一昔前、逆説的に私の云った「貧乏主義」とは、いわば、節度と安定と均衡の論理であり、目に見える、いわゆる「モノ」だけを頼りにする形而下的市場価値オンリーの世界からの脱出であって、 もう少し、目に見えざる「コト」の価値、つまり形而上的な価値形成への接近を意識したのであった。 それは一面、精神性の高い地域創造への模索でもあった。 また、そのころには「現実深化論」を掲げたが、それは、平面的・客観的・物量的現実に、主観的・ 精神的・歴史的・さらに情緒的な要素をも重ね合わすことであった。 つまり、わが住む「現実」と「たましい」の交感する「場(ポトス)」の確立を求めたのである。 例えば、現実という一葉に、内なる一滴を置くこと。 小さな葉っぱのうえに、内奥の声を重ねて、「いま、ここに」ある「コト」の価値を高めることだ。 その視点での地域に対する自覚と、そこから開けゆく展望を、今なお、あらためて望みたい。 【食料自給率向上のためだけでなく、次の理由によって農業・農村(一括して田園と呼ぼう)は、二十世紀には予想しえなかった活気を帯びる。田園革命が開始されたのだ。 それは生産・生活様式、文化、 生き方などに複合的にかかわる価値革命である。 環境保全の見地から有機農業やバイオマスが重視され、菜種などの燃料エネルギーが脚光を浴び、休耕地は消滅した。 人間にふさわしい自然環境、教育環境、社会福祉や文化(学問芸術)活動の場を求めて、都市から田園への人口移動が生じた。 多彩な住民からなる田園は、いまや都市と異なる新たな生活文化空間として活気づく。 「田園複合体」とよばれる「生」のネットワークが形成されつつあるのだ。二十一世紀に託した田園の夢】
この文は、昭和五十五年当時、
その以前から強い影響を与えられ、かつ今なお仰ぎ見る京都大学名誉教授・坂本慶一博士の「農業と経済」(2000年1月号)巻頭言の一節である。
わたしは、このような田園の夢こそ「ヒューマン・ライフJAしまんと」ならではの、新世紀に架ける橋、現在の暗い深淵を越え行く協同組合の、明日への方向だと信ずる。 ヒューマニストといえば社会性は付きものだが、今を見るとなぜか、あえて社会性のあるヒューマニストと云いたい。そんな人たちの協同こそ、本当の組合だ。 いうなれば、社会性のある「個」の確立と、その「個」が協調し、共同する「場の絆」。その連帯'性の確保である。 この「絆」こそが、大地から天空に聳え立つ「理念の尖塔」であろう。
さらにわたしは思いを馳せる。
やがて、「田園ルネサンス」の新世紀に入る。 「巡礼の島・四国」。 そこにふさわしい《ムラ・マンダラ》が顕現するのだと― ここにいう《ムラ・マンダラ》とは、複合した球状の生命体地域空間がこの大地に一体化した姿。 それは、自然と人々の魂の調和した宇宙的なムラの姿なのだ。 山紫水明の、エレガントな癒しの島の奥座敷。 この空間にある四万十川=シ(甚だ)・マムタ(美しい)流域の《共生のステージ》。 ニュー・ミレニアムの彼方に、そんな田園空間創出への夢が、虹のようにかかっている。 (2000年(平成12年)11月3日発行JAしまんと『共生と協同の郷づくり」から)
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