計画叙説 <シ・マムタ・アルカデァプラン>素描

  見出し

  第1編 四万十田園空間の自治体形成試論
                               第1章 シ・マムタのプランイデア         
                             第2章 田園空間整備構想の概念
                             第3章 四国アルカデァ自治体創造の次階梯
                             第4章 アルカデァ風信

  第2編 地域計画の理念的潮流    第1章 「共生」への回路

                             第2章 「地域主権」への回路
                             第3章 私の思う到達点
                            第4章 「農=生」地域文明創造の回路

  第3編 計画の思想と未来展望への論証的考察

                           
    第1章 「田園都市国家構想」から
第2章 「文明の海洋史観」から
                              第3章 「耕す文化」から
                              第4章 「森の思想」から
                              第5章 「多面的な機能の評価」から
                              第6章 計画への視座
                              
                              アルカデァプラン相関図
                                                    
                                                            精神的な香りのある郷を求めて
                                                    

 

                                         2004年 ・ 2005年稿

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第一編  四国四万十アルカディアに向けて

  第1章  シ・マムタのプランイデア

    

   はじめに

 四万十の語源について、地球物理学者の寺田寅彦は、その著のなかで、アイヌ語の「シ・マムタ」つまり「甚だ・美しい」という説を唱えている。

 太平洋に臨む美しい島・四国。

 巡礼信仰の島・四国。

 黒潮に洗われ、青く澄む土佐湾に面した海岸部をその一部として、四国西南を蛇行する四万十川の盆地状台地に開けた水田の町・窪川町。

 この町の自然と伝統の風土を中心にシ・マムタの里の今世紀プランを以下にわたり探りたい。 


 江戸の生活風景や社会へのバックイメージが宿されているという世界の都市づくりのモデルとなった古典『明日の田園都市』。

 これは1898年にイギリス人エベネザー・ハワードが発表したものである。

 今世紀になり、改めてこの原点が問い直されている。

 水とみどりのルネサンス、農の園の復権である。

 その観点から、ここに、ひとつの提言を行うこととする。

 それは、いわば四国のアルカディアたり得る四万十川田園地域における町村が、合併という手段を通じて新たな自治体を創造し、

向かうべき『シ・マムタ流域定住プラン0』でもいうべき構想の提案であり、そのベクトルを持った「新町建設計画への概念的回路」を提示しようとしたものである。



 発想の淵源


 大平総理の政策研究会(田園都市国家構想研究グループ)は、当時の国内有識者を総動員して作成した「田園都市国家の構想」を、1980年に最終報告した。

 が、その過程で既に、それまでの箱物的な路線からようやく脱却しようとしていた1977年の第3次全国総合開発計画のベースにおいて、この「田園都市国家発想」

は強く反映されている。
 

 それは、それまでの即物的な利便性・効率性至上主義から、一定の距離を持った計画の発想であり、国土・地域の?暮らしやすさ?、?住み心地?などソフトウエア的

側面への志向の見られる「定住圏構想」になっている。

 この1980年といえば、つまり昭和の五十五年体制の出来上がったときであるが、この構想には、今にしてなお、宝のような予見が散りばめられている。

 この計画は、主導性の発揮できた全国総合開発計画の、いわばターニングポイントであったともいわれる。

 そしていまや、バラケの時代から、深刻なネジレ現象の世紀に置かれている。

 政治のネジレ、経済のネジレ、教育・文化のネジレ、農政のネジレ、そして自治体行政と住民意識のネジレ、これらの現象は地域計画の困難性を増幅させている。

 かくして、全総のような計画の時代はもうすでに去っているのかも知れない。と、このように書いたのが、昨年の今頃であった。

 今年の6月2日の高知新聞に、共同通信榊山編集委員は「国のかたち」という記事で、大きくこの田園都市構想を取り上げている。 「そこで思い出すのは没後二十五年

となる大平正芳元首相のこと。遺産となった田園都市構想、文化の時代など九つの政策ビジョン。大平氏の提唱で始まり、二十一世紀を展望した総合的なビジョンが

二百人の専門家を集めて、1980年にまとめられた。そこには国のかたちを追求する姿勢がみられた。(中略) 現在の地方分権は、都道府県中心になりつつあるが、あくまで

行政の基礎は住民の手触りがわかる市町村であった。そこに文化の時代という考え方が入ってくる。---理想的な市町村を全国にどれだけ作っていけるかが問われる」と。

 

 ところで、第5次全国総合開発計画は、1998年に21世紀の日本文明にふさわしい国土計画としての「グランド・デザイン」という形を取って、それは閣議決定された。

 原形は「太平洋に浮かぶ庭園の島・日本」の国土構想である。 


 この構想の提唱者である国際日本文化研究センターの川勝平太教授は、世界に誇れる《庭園の島》が日本の国土イメージだという。

 そして次のように背適する。

第一に、21世紀における日本文明のイメージは、世界諸文明の生きた博物館である。

第二に、日本は緑の地球の理念的縮図であり、いわば生態系の宝庫、地球的自然の箱庭である。

 氏は、次のように投げかける。

 「宮沢賢治が岩手県の理想型を作ろうとしたように、多様な自然の理想型が各地で実現すれば、日本は花のある庭園の島として、太平洋に浮かぶアルカディア(理想郷)

と呼ばれるにちがいない。太平洋に浮かぶ庭園の島・日本は夢ではない。日本人の生活風景はかつてそう呼ばれていたようにアルカディア・エデンの園たりうる」



 このガーデンシティ構想の系譜のなかにおける国家構想の潮流の延長線上にあるのが、2001年の21世紀の環の国作り会議の報告書であり、「地球と共生する環の国

づくりに向けた政策提言」=庭園都市日本構想における《環の国》づくりである。 「環の国」とは、自然と共生する文化を育んできたわが国の歴史と伝統の心(和)を踏まえながら、

  @環境の「環」

  A資源をできるだけ無駄なく効率的に使う循環社会の「環」 

  B人を含む生態系の「環」

  C人々が協働して環境保全に取り組む「環」 

  D日本を含む先進国、開発途上国が協力し合って地球環境保全に取り組む「環」。

  これらの具現化に向かう国づくりを意味しており、そこに人間、文明、地球の新しい連環を作り上げていくという趣旨が込められている。


  ところで、

  2001年11月、窪川町農業委員会は、この「環の国づくり」が、四万十川流域圏の地域計画の思想的ベースに相応しいとの認識の上に立ち

2 1世紀・癒しの里をめざして?という副題を付して「地域農政21世紀建議」を行った。

  その前文には、 

 「山紫水明の里。ここにこそ、みどりあふれる水土の文化を今一度蘇らせたい。そんな私たち窪川町農業委員の胸中にあるこの思いが、この建議の底を流れています」と記した。

 耕す文化の里・窪川。

 ここは「弥生」を源流とし、身元とする地域である。

 この上に「窪川町農業のシマント化(清浄化)をめざし、生態系保全の循環型農業発展と大地に根ざした新たな農耕文化社会の再生」へのアグリ・ルネサンスを求めて,

9項目について建議を行ったことをここに記しておきたい。



  田園都市国家構想==庭園都市日本のグランド・デザイン==環の国づくり構想==環の国・美の里

      そのローカルカル回路の線上での2001年「窪川町農業委員会の地域農政建議21」

           その農水省版2003年「水とみどりの美の里プラン21」




   美の里・しまんと



 2003年9月に提起された「水とみどりの美の里プラン21」。 ここに見られる<美しいムラづくりから、「くぼかわ《環の国・シ・マムタの里》プランニングに活用したい視点は、次のとおりである。

 第1の視点は、土地利用の、生産・生活の両面における調和。

 第2の視点は、健全で豊かな自然環境と景観保全および地域資源の循環。


 第3の視点は、伝統文化・伝統的コミュニティの再発見と地域社会の維持。

 第4の視点は、開かれた地域空間として山紫水明の魅力を活かした交流の展開。

 上記の視点から、以下の方向性を示すこととする。

 

 四万十大地農業の姿


●自然環境保全・資源循環型しまんと農業・農村


●四万十川の自然と景観を保全・育成しながら、生態系と調和した資源循環を基盤とする地域発展方向の確定が新町建設計画の主題でなくてはならない。

    そのため、新町においては、地域の自主性の発揮の上に、地域農政上、国の「美の里プラン」との整合性をはかりつつ、次のことに取り組むよう提案する。

 1 本地域における田園環境整備マスタープランの樹立と実行

 2 四万十川流域にふさわしい田園環境創造型土地改良事業の設計実施 

 3 農業経営基盤強化促進法の改正に基づく新町としての遊休農地対策の具体的手順の確立

 4 牧歌的な高南台地における資源循環型農業発展のための有畜農業の復活

 5 四万十台地・興津海岸の地産地消の促進方策、都市住民との交流・滞留促進などの方策

           この整合性を図り、その融和的な相互補完性の発揮できるような施策の実施

 6 「しまんと農の里ガイドライン」の作成と配布

 7 「四万十田園防衛隊」の創設・始動、耕作放棄地、違法な農地転用、廃棄物の不法投棄などの防止やその是正のための処方箋の作成とその実行

 8 四万十の田園風景を保つ農村集落の魅力の再発見運動と新たな地場資源活用の開発のための方策の樹立・実行

 9 四万十田園景観保全総合土地利用計画の作成と展開

 10 新自治体における農地及び景観保全条例の制定





自治体形成計画・重層的ストラクチュア

 


 基層部分計画

            形成自治体のエリアにおける未来像のエレメント

           象徴的キーワード

           具象的イメージ      望ましい姿の情景


 第二層計画

           将来像創出のための施策、そのピックアップと位置づけ


 第三層層計画    

           重要施策の有機的関連に向けてのフローチャート



 第四層計画

           軌道の決定

           形成自治体の物理的フレーム

           形成自治体の管理運営の基本スタンス確定                                        

                  以上の総論構成


 第五層計画・各論構成

         大項目        中項目       小項目


 第六層計画・形成自治体経営計画

            自然的条件への施策

            環境創造と環境保全の施策

            社会的条件への施策

            産業的側面    文化的側面    福祉的側面      教育的側面

                      以上の施策立案

                         

 第七層計画

            費用対効果の試算        

            例外措置の範囲の設定


 第八層計画 

             施設・機能の構図      人事考査の方針     各施策・事業ごとに

    

                    その企画・実行・評価・監視のシステム




 
     第2章 田園地域空間整備構想の概念



                 創造的主体形成                

         分かれ道に立ち 創造性を具有する自治体

      地域に天与の多面的機能が輝き、光沢を放つ多彩な発光体         


          @ 地域のイメージを共通認識するために

                        乳と蜜の流れる霧の町・高南台地から 

                        太陽と水とみどりの四万十田園大地

 

          環の里・ 四国のアルカディア・・・・・・・・四万十川中将流域・新町四万十



         A 地域発展方向の理念を共有するために

                 内発的開発による地域経済の発展方向

                              四万十自然環境保全型地場産業の育成 

                            

                四万十自然環境を活かした内発的発展方向

                             地域教育文化と生活文化の創出と育成
   

                              少子高齢化型住民福祉創出と育成    
              

                               農林水産・商工一体的まちづくり

      
                                 地消・食育の街づくり


                                 交流・滞留のまちづくり




         B 環の里・アルカディア=育の空間

               =四万十自然環境の生態系に順応した「育成」「生育」の地域空間形成

 

               1 自然と共生する地場資源循環による産業の形成

               2 自然生態系環境の保全による癒しと福祉の地域空間形成



      

       総括的視座 ーー四万十の自然といのちーー

                  その伝統と文化を守るナチュラル・カルチャー・コアの形成
 


       基本方向――四万十自然環境の循環系の重視


       基本政策――育の空間形成と癒しと憩いの地域形成  

                              (この相互作用・相関関係の創造)

  

       優先順位―――事業の選択、費用対効果――産業・福祉・文化の相互補完性の発揮







      四万十田園空間エレメント

 


    環境資源の確認

           @ 四万十川の清き流れ     A 土佐湾の暖かき海浜 

            B 水田と里山     C 森林の聖域

 

  自然生態系保全型の資源循環の利活用
 

   @ 土地利用型農業発展の方向とその方策

   A 施設集約型農業発展とその方策

   B 両方向の相互補完的方策
 

   B 有畜林農の複合的産業形成への新たな道程


 

清浄性を前面に打ち出した安心・安全・健康の生産加工産品の供給基地・地産地消の場づくり 


 

地域創造ビジョン その基本スタンス

        水とみどり、太陽と土、つまり森と海、川と田園・

このエレメントによる四万十流ファイン・テクノロジー型地域空間形成プラン

        そのシンボル的空間の整備 ・ 田園空間の面的・立体的整備

(弥生文化のファイン化の工夫)





    縄文文化的アプローチ(森林空間)

   土佐解放空間の連帯性創出(黒潮海浜)
 

  † 「美しい国づくり政策」の四万十化適用

  † 小さなコミュニティの重要視と整備(ふるさと意識の高揚)

  † コミュニケーション能力の高度化教育

  † 情報の受発信能力の相互開発

 



アルカディア建設プランのキーワード

   ★「アルカディア」とは

    ギリシャ南部のペロポネソス半島の中山によって他の地方から完全に隔離した土地

    (4、419平方q)。 古代アルカディア人の住地で牧畜を主とした町であった。

    後世、そこは牧人の住む幸福の理想郷・牧歌的な楽園にたとえられた。

   いま、この言葉は次の意で用いられる。

    「高原地帯の景勝地」 「桃源郷」 「牧歌的な理想郷」 「田園生活の理想郷」 

       

    四万十川の清浄な流域を復活し、田園空間のアルカディア化を目指す

 

     美しい四万十の微笑みに向けてーアルカイック・スマイルの里
 

  ★アルカイック・スマイル]というのは

           紀元前5世紀のころのギリシャ彫刻に特有な微笑に似た表情のこと。

           日本の飛鳥時代の仏像にも見られる。


                 四万十地域内分権のイメージ形成ヒント

                    ●清浄な癒しの里に向けて                   

                               四万十川の里と家

                               海岸公園・海水浴場          

                               奥地・渓流・渓谷温泉

   

                     四万十川流域の伝統的空間

                     四万十川親水空間の線型配置

  

                  ●農の拠点空間に向けて
  

                       弥生カルチャーセンター

                       地産地消拠点空間          

                       第1,5次産品・加工工房 
  



                  ●森林の拠点空間に向けて
 

                       四万十川森林の線型拠点配置 

                       林産加工空間の創出


  

                  ●自治と文化の拠点に向けて
     

                      田園文化と集落自治   

             

                      弥生カルチャーセンター         

                      縄文カルチャーセンター

    

                歴史的風土の地区設定とその保全

                コミュニティエリアごとの産業、教育・文化、保養、福祉

                                 この有機的関連性を強化すること

       



    第3章  四国のアルカディア 自治体創造の次階梯

          自治体圏域の将来展望・俯瞰図


                     高幡広域行政の発展

                           ◇

                 

                      関係流域町村合併

                           ◇

                     四万十田園都市の形成 

                            ◆

                      四国シ・マムタのアルカディア 

                          ◆                              

                           四国シ・マムタのアルカディア

 
                                  津野山郷文化圏


                                  四万十川文化圏    


                                  黒潮海辺文化圏



 


   第4章 アルカディア風信



    川のほとりにて

 梅雨あいまの或る朝。 

 四万十の流れに、ふと浮かんだもう二十年ほど前の話だが。 

 当時、県立帰全農場のあった窪川を江場丈夫場長が去る時のことだ。

 是非お願いしたいと「四万十川都市構想」を言い残された。

 それは須崎市を外港にして窪川町が柱となり円弧をなす一市五町五村を圏域とした四万十川田園都市構想(注)であった。

 農林漁業を生産から加工・流通まで一体化し、農耕文化とも複合させるという当時にすれば、まるで巨大な構想であった。

 今にして、なお近未来的な意味をもつその予見性が心に沁みる思いだ。 

 分権と自律の時代を迎え江戸三百年の成熟が見直されようとしている。

 幕政下でも各藩には地方分権があり、地方色豊かな文化と産業が生まれていた。

 アジアのアルカディア(桃源郷)と言われるほど多彩な自然と共生する日本特有の農村空間も形成されていた。 

 今や一層厳しく市町村を始め公共的諸団体の合併も推進されようとしているが、江場さんの構想はそんな仕方なし合併ではなかった。

 農の心に深く根差した精神的骨格の大きい、田園空間への期待と賛歌であった。

   あしびきの山の草木を友として働きながら遊びけるかな
 

 この短歌をひいて氏は「農とは解放された心の自由の喜びだ」という旨を透徹した眼差しで語ったものだ。

                               (平成11年6月29日、高知新聞「閑人調」)



        (注) 江場構想は「田園都市・四万十川市」の建設で、

        須崎市を外港にして、窪川町を柱に大野見村、大正町、佐賀町を合併し、

        そのヒンターランドに檮原町、東津野村、葉山村、西土佐村を圏域とする新しいムラづくり

        を構想したものであった。

        それは、再編成論ではなく、農の都市たる積極的な地域計画への提言であったと思う。




   

     田 園 の 時 空
 

 昨年の暮れ農水省は「農村の伝統・文化に視点をおいた田園整備事業」を打ち出しスタートさせた。

 そのなかに「田園空間博物館の整備」というのがある。

 事業内容には《伝統的農業施設及び美しい農村景観等の保全、復元等に配慮した各種生産基盤の整備》と書かれている。待たれた発想だ。 

 田園への思いは、人さまざまだろう。

 が、その場合、よく見受けられるカラフルで奇を衒うような、思いついて俄づくりというふうな施設。安っぽい疑似自然や唐突な建造物は作ってほしくない。

 時の熟した自然こそ大切だ。田園とはもともと生の聖なる美空間なのである。

 その天然の調和、自然生態系の循環など、乱し犯してはならないものが厳然としてある。 

 田園という言葉で、まず浮かぶのは田園隠逸の詩人、陶淵明だ。

                 帰りなんいざ 田園将に蕪れなんとすなんぞ帰らざる

で始まる「帰去来」。


 また「桃花源の記」と「桃花源の詩」。

このふたつの作品に描かれた所謂「桃源郷」を石川忠久氏の訳文でつなぐとこうだ。

「土地は平らで広く、家屋はきちんと整って並び、よく肥えた田畑やきれいな池、桑や竹の類がある。あぜ道は縦横に通じ、鷄や犬の鳴きかわす声が聞こえる。

 その中を人々は行き来して、種をまいたり耕したりしている。白髪の老人もおさげ髪の子供も、だれもがなごやかなようすでそれぞれに楽しんでいる。

 里の村人たちはお互いに励まし合って耕作につとめ、日が沈めば思い思いにわが家に帰る。

 桑や竹は広々とした木陰を作り、豆や黍はそれぞれふさわしい季節に植えられる。祭りや礼儀作法は昔のまま。衣服も新しい形式は作らない。

 子供たちは気の向くままに歩き回り歌をうたい、老人も心楽しく出歩いている」 



 明治の終わりごろ、山崎延吉氏は「村は家の集塊である」といい、人格と家格で造られるという村格と、理想郷に向かっての「和協相助」の村風ということを説かれた。

 現下の《地域農業・集落営農》の理想的イメージとも相通じよう。そして浮かぶのは、やはり「農民芸術概論」の宮沢賢治である。

《一つの地名である》という《イーハトーヴ》に田園の明日を見たい。

「そこでは、あらゆる事が可能である。人は一瞬にして氷雲の上に飛躍し大循環の風を従えて北に旅する事もあれば、赤い花杯の下を行く蟻と語ることもできる。

罪やかなしみでさえそこでは聖くきれいに輝いている。それはまことにあやしくも楽しい国土である」と賢治は書いている。

 ここに陶淵明の「読山海経」にある次ぎの一節との呼応を感ずるのは私だけでないだろう。

「我が園中の蔬を摘む  微風 東より来たり  好風 之と倶う  俯仰して宇宙を終う 楽しまずして複た何如」

  (酒のさかなには自分の畑の野菜を摘む。こぬか雨が東の方から降り始め心地よい初夏の風もそよいできた。わずかの間に、限りない空間と時間とを見つくしたような心地になる。

   これを楽しまずしてどうしよう)(同じく石川氏訳文)。   

 また賢治は「グスコーブドリの伝記」のなかで、オリザ(イーハトーヴ語で稲のこと)をつくる田んぼを《沼ばたけ》と表現している。

 

 そこにはより天然に近い自然への思いが込められているのだ。
 

 もう十数年前になるが或る誌に「文化としての地域」と言う小文を草したことがある。そこで私は、地域空間の整備方向を〃現実深化論〃という造語で主張したものだ。

 田園時空。

 その時間的にも空間的にも、幾重にも交錯し合った深層的実在への透視を、

やはり田園空間整備計画の前提としてあらためて望みたい。 

 それはいまなお切実の感、ひとしおである。

                     (平成11年7月16日、高知新聞「所感・雑感」

                     当時のここの発想を基底にして各般の地域活動を行うことになった)


 

     いのちの空間・山紫水明

 かつて、窪川町内の関係団体・機関で構成していた「農村開発整備協議会」というリサーチ・プランニングの組織があった。

 そこでは昭和50年代初頭、『窪川町農村空間整備計画』を立てた。

 それは農村の復権と自然と人間のよりよい関係が育つ《生の空間・育のわが里づくり》を住民主体で行う構想計画であった。

 この農村空間整備の発想が20数年を経た今ようやく市民権を得たような気がする。

 少なくともその延長方向に国の農村政策がクローズアップされてきた。

 すなわち、基本問題調査会答申での「美しく住みよい農村空間の創造」であり、それを受けた農政改革大綱の「農村の自然と伝統文化を活かした田園空間整備の促進」。

 そして「田園空間整備事業」の創設等々の流れだ。

 また、21世紀の国土のグランド・デザインを踏まえた『生活空間倍増プラン』における《遊空間・田園空間・健康空間の拡大》の方向のなかにも

「豊かな自然と文化等にあふれた田園空間の環境整備とその利活用のための条件整備を進める」とある。

 『水と緑の国、日本』の著者・富山和子立正大学教授は「日本の森林は米のもと、水と土を作った。が、その森林を作ったのは米であった」

と整理している。そして「先祖たちが現代に贈ってくれたこの国の山紫水明を、世界の財産として次代に引き継がせねばならないと思う」

と氏は同書を結ぶ。この言葉はずっしり、この地と心に響くようである。(平成11年『広報くぼかわ』8月号「農業委員会だより」掲載)

 

   ―――――――――――――

  わたしたちはここから、ひとつは「21世紀五社郷づくり協会」によって『五社郷ルネサンス・プラン21』を作成した。

  また、四万十環境保全型農業発展の方向性については『窪川町農業委員会・地域農政建議21』」が行われた。

  現下、全国的な市町村合併のうねりの中で、守りの合併から、創造的な合併への道程を求めたい。
 

    ―――――――――――――――



参考人陳述(平成14年12月・窪川町議会議場)       窪川町農業委員会・会長 市川 和男

 私は前段に全般的な市町村合併についての管見を申し上げさせていただきます。

1)いうまでもなく地方自治こそ民主主義の原点であります。地方分権はあくまでも、この地方自治の活性化に大きく寄与するものでなくてはなりません。

つまり自治機能の分散・強化の方向が、確実に定められる必要があります。
 

2)しかるに、今期、平成の合併推進の流れは、合併というよりも全国的規模での大がかりな市町村の再編成のように映るのであります。

その旋風のなかで、去る11月27日に、全国町村長大会が開催されましたが、その時に、このような大会では、相当思い切った「強制合併反対」という表現で、

 

ご承知のような緊急決議が採択されましたが、そこに、全国の各首長さんの焦りと不安が象徴的に読みとれるのではないでしょうか。

3)今、私たちが注視すべきは、この地方分権の思想と基礎自治体の再編成の方向は必ずしも同一ではないということであります。

  その証言を私は、この12月8日に行われた佐川町での「市町村合併をともに考える全国リレーシンポジュウム・イン高知」における、PHP総合研究所の

 荒田主任研究員の基調講演に求めることができるものと思います。すなわち、氏はこういっています。

 「将来像に関しては、施設や道路建設などの単なる投資計画ではなく、基本理念のしっかりした地域づくり計画を早い段階で住民に提示することが必要だ。」ということ。

 そして

 「昭和の大合併から半世紀を経た現在でも旧町村という単位が運動会や祭り、選挙などの際には実態を伴い存続している。合併論議では効率化と同時に、

こうした旧町村単位や小さなコミュニティを大事にすることが大切だ。分散化を前提としながらも、地域の一体性を考える地域内分権がキーワードで、広域行政型からの転換が求められている」

という講演記事がありましたが、そのことでも明確であります。

 つまり、一方の手には、合理化・効率化ありとしましても、

もう一方の手には、その自治体の目標とするしっかりとした理念とそれに基づく具体的な将来像が、住民合意の上に、高く掲げられていなくてはなりません。

 ただ 、この場で申し上げておきたいことは、この「地域内分権」と「地域の一体性」を調和させるにはどうすべきか、という点であります。



1)この論理的には二律背反する関係を止揚しまして、現実のステージにおいては、相関関係に発展させることであります。

そのためには、総合調整の行政能力とともに、自治の確立がよりスムーズに出来やすいエリアを設定することであります。

すなわち、一見相反するこの二つのことの、よりよい相乗・相関関係を醸成できるような、歴史的・地理的にみて妥当性のある基礎自治体のエリアを選択することであります。



2)それには、いわゆる「地域的な共同体意識」が良質に保たれることであります。それは有機的関連性の高い四万十川上中流域圏だと思われます。

現下、政治的には、現実対応の問題もあるものと推察致しますが、段階的ではあっても、その方向性は今後とも保たれるべきものと思います。

  

3)農業委員会の本年12月定例総会におきまして、合併担当参事の報告と説明を受け、この問題に関する委員の見解を求めました。

その中で

◎ 近隣・隣接町村への障子は開けておくべきではないか、との意見も出されました。

◎ また、レールからはずれた弱小孤立の小規模自治体への国の支援はどうなっているのか、との質問などもありました。

◎ が、総括的には今期合併が、果たして21世紀のどの辺にまで届くのか、という将来課題も横たわってはおりますが、合併による自治体のエリアは、

申すまでもなくこれからの自治の行方に決定的な影響を与えるのでありまして、客観的で長期的な展望の上に立った真剣な論議を期待しながらも、

現実的に可能な方向の選択肢を、基本的には了承するものでありました。


窪川町農業委員会が、2001年度に行いました「21世紀地域農政建議」の中にあります《四万十環境保全農業》の確立に込めたもの。

それは健全な水環境をベースとする自然循環のリンクする環の里づくりでありまして、四万十環境にふさわしい自然生態系保全型の地域農業そして、

この環の農法を行政的に養成し確立すべきことでありました。

そして四万十川と土佐湾の自然資源の保全と活用を基軸とする「地産地消型農業」の促進と、

環境学習の体得・生命教育の浸透を増幅させるような「食育教育」の振興を強力に展開しながら、

それらと必然的に連動する「地域総合給食センター」を実現するようあわせ建議したことであります。

また、同建議において提起しました「農業公社の性格付け」においては、自助・互助は当然のことながら、公助つまり、公共的支援の必要性にも触れております。

すなわち、ここでは

「国においても、食料自給率の向上と470万ヘクタールの優良農地の確保は至上命題である以上、その観点からも、過疎化・少子化・高齢化の中で、食料供給の安全保障と、

次代にそのための農地確保を担保する市町村農業公社への、公的支援を政府に対して持続的にかつ強力に要請しなくてはならない性格のものである」と述べてあります。

さらに、農業集落の運営は、専業、兼業、異業種を問わず、それらを巻き込みながら、「集落リーダー」を養成する以外に活路はない、との観点から、関係機関の総力を

挙げた「集落担い手塾(ムラの守人養成塾)」の早期開講などを含め、8項目を窪川町長に対して昨年度(平成13年度)建議しました。

その際、「避けては通れない合併という行政的な流れ」との認識のうえで、その具体化に向けての「自主的・内発的な議論」を積み重ね、創意工夫を凝らした地域行政の

改革と前進を要請致してあります。

従いまして、現在予定されている合併の枠組みにおきましても当然ながら、地域農政上、私たちは、これらの果敢な実行の時来たり、と感ずるものであります。



昭和26年、「農地改革」から「農業改革」へ、との歴史的使命を受けて、我が国の農業委員会は発足しました。

それからすでに半世紀を経過しましたが、これは昭和の大合併と軌を一にしております。

いま農業委員会は、新たな局面に至っております。 

すなわち、新農業基本法のもと「かけがえのない農地と担い手」を守り、明日の農業への<架け橋>になるとの、組織理念を全国農業委員会大会で決定しています。

 そして現在、「地域農業再生運動」への取り組みに努めているところであります。

農業委員会の基本的業務は、ご承知の通り、

 第一に、農業・農業者の公的代表組織として、農の声を行政庁などに届けること(建議・答申)。

 第二に、農地行政を執行する法令業務。

 第三には、地域農業振興の推進組織としての諸般にわたる活動であります。

それは農地と人を結ぶ仕事であり、農業・農地・集落担い手の仲立ち役であります。

そこで、委員数とそれらの関係はどうなっているのか。つまり、高知県内での、選挙による農業委員一人あたりの、受け持ちの農地と農家数はどれくらいになっているのかでありますが、


  農地面積についてみると

窪川町が、委員数15名で、委員一人あたり受け持ち平均面積は87ヘクタールで、農地の広さに対して委員数は県下で一番少なくなっておりまして、委員数密度は「過疎」であります。

次が南国市で、公選委員数30名で委員一人あたりの平均面積をみると54ヘクタール。

3位が須崎市で、公選委員10名、一人あたり平均面積44ヘクタール。

4位が高知市で公選委員30名、一人あたり平均41ヘクタール。

5位が佐川町の39ヘクタール。の順で、上ほど農地の対する委員数が「疎」になっておりまして、ちなみに、大野見村は、公選10名で一人あたり平均は19ヘクタールと、

比較的「密」になっております。



 基準農業者(10アール以上を耕作する農家数と農業生産法人)を直近の数字でみると、選委員数とその委員一人あたり平均受け持ち農家数では、委員の一人あたりにして、

農家数を多く抱えているのが、一位は中村市で、385人。二位は、須崎市の362人。

三位が、窪川町で、286人。次いで四位が南国市で、283人。五位が佐川町の、238人。六位が高知市の、205人となっております。

大野見村の受け持ち平均農家数は74戸となっております。

要するに、農地面積に対する公選委員数は、窪川町が県下の市町村中、一番少ないこと。農家数に対しても、県下の町村のなかでは、本町の委員数が一番少なくなっていること。

これから見て、合併後、窪川町の公選の農業委員の定数は、下げようのないことが示されているものと思います。



 また本町農業委員会の法令業務の処理分量を見ましても、

農地法3条、4条、5条、20条、農業経営基盤強化促進法関係処理件数、これは農地の流動化を示す数字になりますが、平成11年、12年、13年のそのトータルでは、

1位が南国市1,208件、2位が高知市809件、3位が土佐市786件、4位が須崎市632件、五位が土佐山田町622件、6位が窪川町580件、7位が春野町567件、

8位が野市町561件、9位が中村市544件、、10位が佐川町505件となっておりまして、このように県下の町村の中においても、

窪川町は、土佐山田町に次ぐ、2番目に多い処理件数となっています。ちなみに、高幡西部で見ると、十和村175件、大正町81件、大野見村76件であります。

これから見ても、本町の委員数の現状維持とともに、独立した事務局体制の現状維持は当然必要になります。



 法定合併協議会に対する現段階での見解について

今期市町村合併、次に予想される道州制の論議など、全国的な地方自治体再編成の大きなうねりのなかで、地域の自主・自律的主体性を堅持しながら、

大野見村との「小規模合併」として、将来への架け橋となるよう過渡的に対応しようとしている窪川町行政執行部および町議会の方向に、窪川町農業委員会としては、

基本的には同意するものであります。山椒は小粒でもピリリと辛いと言います。自治の本流のような新町を望む次第であります。

その上で第一点として合併特例法・第8条の適用により、選挙による委員の、法で許される範囲、つまり合併後一年を超えない範囲で協議で定める期間在任ができるよう、

在任期間の延長を求めます。

第二点として 窪川町・大野見の合併の場合、選挙による委員の定数については、

「農業委員会等に関する法律施行令」の第2条の2で示された基準に従うと、30名以下の区分に該当いたします。しかし、現窪川町の公選委員数15名であり、

選挙による委員数の基準では20人以下のランクになっております。従って、現窪川町の区域における、選挙による委員の定数は、現行の15名が絶対必要であり、

かつ選挙区は法令等を勘案して一つとの委員会統一見解でありまして、この場で、その旨、はっきりと申し上げておきたいのであります。

第3点としては 合併後の農業委員会の事務局体制も現行規模の維持は必要不可欠であることもこの際、強く申し添えさせていただきます。

       

ところで、私はここで、思い出すことがあります。

それは、ローマとイタリアの国境を流れる、かの有名な「ルビコン川」の話であります。ルビコンの流れは狭く、渡るのは簡単でも、その川を渡るには勇気ある決断を必要としました。

ユリウス・ケーザルが、その小川の岸にたって、幕僚たちに語ったと伝えられている言葉。

「ここを越えれば、人間世界の悲惨。越えなければ、我が身の破滅」というあの言葉でありました。

そしてケーザルは、「ローマを滅ぼしてはならない」との信念で、兵士たちに向かって「賽は投げられた」と叫びます。

今期、例え不条理な潮流のなかでの「合併」という、ルビコン川ではあっても、私たちはそこを渡り、明日の四万十の郷土づくりに進まなくてはならないと思うのであります。

 以上、窪川町委員会の会長としての立場から陳述を致しました。ご静聴を感謝申し上げまして終わります。 

                   市川 和男                2002年12月19日







  新町名称候補選定理由  (新町名称への理念の投影)

私は「クボカーワ」という響きが、宮沢賢治の「イーハトーヴ」と何か呼応するように感じている。

「朝日新聞」の記者に中川謙という友人がいる。窪川原発の取材に来たのが縁で交友ができ、その後、氏はパリやその他ヨーロッパでの支社勤めをして、帰国後大阪、東京と転々している。

その彼がこう言ったことがある。「クボカーワという名はいいね、四国のイーハトーヴだね」と。岩手もまた自然の豊かな地域である。そして岩手の人々はあったかい、という。

岩手の冷害や飢餓と戦いながら、大地にしっかりと足を踏みしめて生きてきている。そこを賢治は「イーハトーヴ」と名づけた。

その賢治は「おれはそこへ花でベートーベンの幻想曲を描くこともできる」といった。



第5次全国総合開発計画のベースとなった「庭園の島・21世紀日本のグランド・デザイン」。その構想を提唱した国際日本文化研究センターの川勝平太教授は、

「日本固有の価値である自然との調和を、暮らしの立て方の基礎である家と庭一体の本来の家庭を再構築することによって実現できるのである。

宮沢賢治が岩手県の理想型を作ろうとしたように、多様な自然の理想型が各地で実現すれば、日本は花のある庭園の島として、太平洋に浮かぶアルカディア(理想郷)と呼ばれるに違いない。

太平洋に浮かぶ庭園の島・日本は夢ではない。日本人の生活風景はかってそう呼ばれていたように<アルカディア・<エデンの園たりうる」と書かれている。



今期の合併は、単なる数合わせの近視眼的合併であってはならない。間々見られるような表層的な次元の発想ではこの厳しい荒海を渡りきることはできない。

流動的でかつ不透明な現下の状況の中でこそ、特に物事の原点に立ち返った発想と、そこからの原理・原則の適宜・適切な適用が大切である。

「名は体を表す」という。「体」には物事がはたらく際、そのもとになる存在や組織という意もある。

従って、町名はその地の旗印でもあり、その名に象徴される高い理想を掲げることが 合併という手段を通じて行う新たな自治体の創造には不可欠である。

自然に恵まれた島・四国のアルカディア(理想郷)「くぼかわ町」。 

遥かなイーハトーヴと呼応するような四万十川「シ・マムタ」の里の大地「クボカーワ」への道標をこそ、この機会に、この地の合併に強く求めたい。



 窪川町・大野見村合併法定協議会委員   同協議会新町建設計画策定小委員会・委員長  市川 和男

                                                          「新町名候補の選定理由」提出文書 記 平成15年12月3日







   第2編 地域計画の理念的潮流            


              ● 人と国土への理念の回路と計画の流れ


              ● 計画の思想と未来展望への論証的考察(平成16年如月)

           



    

     ー1 人と国土への理念の回路と計画の流れー

   第1章 「共生」への回路

 私は全国的な市町村合併のうねりの中で絶えずその動きに批判的な見解に注目してきた。

 理不尽ともいえるような流れへの違和感、合併後の自治体の行方に対する不透明感などが脳裡をよぎり、「何かその克服の方途はないものだろうか」というのが、率直な思いであった。

「そもそも自治体の合併というのは何なのか」 この根本問題が、窪川町という地域空間への私なりの愛と倫理的感情から常に疑問符としてあった。過酷な現状にあって、

より一層その「矛盾と克服」への思いは、強烈にあった。

かつて「窪川町農村空間整備計画」というひとつの農村復権運動としての、いわば「窪川町農村ルネサンス・プラン」の作成に当たった私からは、離れるこはなかった。

 そんな折も折、「法定協」の委員となった。

そこでの志は、単なる足し算合併ではなく、「四万十川の流域にふさわしい多面的機能を発揮して、清浄な光沢を放つ自治体の創造的形成」の進路を切り開くこと、その一語に尽きる。

 

 めまぐるしく平成16年が明けた。 

そんな時、元旦から特集されている高知新聞創刊100周年企画「時の方舟」の視座は、私にとって極めて刺激的であった。

 第一部「時代のコンパス」第2回から登場した、経済評論家の内橋克人さんの言葉にはまさに同感するところが多かった。

その中からいくつか印象に残ったものを拾ってみたい。

         ____


「農業をはじめとするモノづくりは、地方が担ってきました」

        ____

「本来の日本は地方にこそある。ところが、その地方が日本から消えつつある。地方が衰退するということは、日本がなくなるということなんです」

        ____
 

「競争セクターは分断です。例えば<日本のコメは高い>と都市の消費者をあおる。都市消費者は<日本農業はけしからん>となる。これは都市と農村を分断し、対立させ、

結果としてその間にマーケットをつくって、市場化のチャンスを生むやり方です。しかし、分断と競争をあおるだけでは幸せは生まれません」

       ____


「地方の論理は、もともと共生セクターの論理でした。今は、競争セクター一本に染め上げて<勝ち組み>と<負け組み>を作ろうとしている」

       ____ 

 そして、地方の自立の可能性があるのは、
 

       ____


 「集権型国家の地方分権ではなく、分権型国家の地域主権です。市町村合併が言われていますが、私は、自治体は住民に最も近い単位でないといけないと思います」

       ____

 内橋氏のこのような視点を中心に据えて、その具現方法に対する住民同士の広範な論議が必要だと私は思う。

 

『地方自治の現代用語』(学陽書房 2,000年版)によると

●「地方分権」中央政府と地方政府の間に適切なバランスを作り出すことで、権力の集中を阻もうとするのが、地方分権にほかならない。地方分権のもっとも高度な形態は

連邦制である。

●「地域主義(リージョナリズム)」最近のわが国で地域主義という言葉が用いられる場合には、地方分権を一層増進することで、地域の自主的な創造力を発揮しうるような

地域づくりをめざす立場をさすことが多い。

この意味での地域主義は、わが国の近代化における中央集権主義、あるいは全国画一的な諸施策を批判しながら、単に行財政制度での地方分権を進めるだけにとどまらず、

地域の経済、行政、文化各方面における自主性と自律性を高め、住民の参加を軸とした地域独自の発想によって、国政を先導しようとする立場だといえよう。

あるいは、中央集権とそれにともなう画一化を排して、各地域の独自性を認める多元的社会を作り出そうとする立場と見ることもできる。


●「内発的発展論」は、人間と社会の創造性の重視に立ち、人間の基本的な物質的精神的必要を充足し、共生の社会づくりをめざす思想論理である。

それは、地域において自然環境との調和をはかり、他に支配され従属するのではなく、自発的・自律的に進められるものである。

すなわち、人間の創造的発展、共生社会の確立、他律の否定、自主管理、地域に根ざした活動、生態系の保全を図ろうとするものである。

これは、1970年代中ごろに、一方ではスウェーデンのダグハマーショルド財団の国連特別総会での報告「なにをなすべきか」のなかで

「もう一つの発展」を提唱したことによるものであり、他方では鶴見和子が

「国際関係と近代化・発展論」のなかで「内発・自成の発展論」を提唱したことに端を発している。


「現代においては、近代化モデルよる発展は大きな歪みを生じ、地球・人類を危機におとし入れる可能性が生じてきている。

それだけに、この内発的発展論が提起している発展のあり方に積極的にとりくむことが求められる」

と、この方向を強調した記し方がなされている。

つまり、この地域主義の路線、内発的発展の方向性こそが、

私は、現下では仕方なく合併というひとつの手段を使ってでも、あくまでも目指すべき、創造的自治体形成の進路であると確信する。  



鶴見和子『南方曼荼羅論』(1992年初版)の最後にこう書かれている。

    ____

「―これから自然を壊すことをすこしでも遅くし、そして人間と自然が共生するということの中からでなければ、創造性は生まれない。このことを遺言として申し上げたいと思います」

――

鶴見和子さんは今年の1月31日の教育テレビにて、世界の平和と自然と人間、人と人の「共生」の思想がいまこそより大切だと語られていた。

私はこの舞台が、四万十川の流域であり、そこに開けた田園地域の内発的発展方向を具体的に実現していくのが、この地にとって最も望ましい創造的自治体であると考える。

 



「共生」の史的概観



「共生」という言葉は、最初、「キョウセイ」ではなく「トモイキ」と読まれていたという。「ともいきの世界」について、遡及すれば



 1、「自然世」の「土活真」を説いた安藤昌益の『自然真営道』の世界。

   

 2、『南方熊楠・土宣法龍往復書簡』に見られる南方熊楠の「真言曼荼羅」因果系列の世界、つまり鶴見の「南方曼荼羅」の思想。

   

 3、生物は、自然淘汰の<競争原理>ではなく和合の<共存原理>のもとに生きているという、今西錦司の「棲み分け論」。

などの流れを、私は思う。

また、百科事典・マイペディ『ア』を見ると、つぎのようにある。

 「近年では、真核生物を生みだした細胞内共生から、 生態系を介して依存しあう全生物の地球生態系まで、生物の相互関係の全体を、

広く共生という概念で捕らえる立場が有力である。」

  

 ここ以外に、現代社会、そして地域がおかれている深淵からの出口はない。

 地域社会で、このような思想のもとで自治体を再構築して定住の里づくりを行うのは、いわゆる「協働」を実現することである。

 他律性から自律性への住民自身の転換であり、かつ行政自身の自己改革によって課題解決するという方向の確立であろう。

 それには行政従事者の意識および住民意識の変化を前提としなくてはならないと思う。

 未だに散見される役人根性や、行政依存の住民意識を払拭してこそ、そこにはじめて、お互いがその共通目標を醸成することができよう。

そして、対等性、自主性、自律性などの確保により、相互理解の道を拓き、新たな関係を意識的に作り出すことである。

 今次の基礎自治体合併という手段は、それを実現するという目的を達成する方向のもとでの、ひとつの方法として成立させることであり、それ以外であってはならないと考える。





   第 2 章 「地域主権」への回路


      地域主権の潮流 その史的な考察の覚書



 1、福沢諭吉の『分権論』   明治10年11月に刊行

    そのとき既に、地方への権力の分散が提起されている。つまり基本的な方向として「政権」の集中と「治権」の分散を主張。



 2、山崎延吉『農村自治の研究』   明治41年10月

     自治自由の民としての、農民道と農村計画を提唱。



 3、江渡荻嶺『地涌のすがた』   昭和14年10月刊

 その巻頭に「日本が生んだ世界最大の農夫、及びその最も徹底した思想家として、二宮尊徳および安藤昌益大人の霊に捧ぐ」の献辞。

      山崎延吉の「農道」とは対極の立場から、百姓の実践哲学としての「農道」を説く人間の自立と協同を目指した思索の足跡。



 4、 自然思想の二つの流れ(大正・昭和初期の軌跡)

  農本主義の系列

            橘孝三郎 山崎延吉 加藤寛治たち

 

  農民自治主義の系列

           石川三四郎 江渡荻嶺 大西伍一たち

 

 5、戦後復興 

   農村から都市への激流

   一極集中の加速化



 6、過疎・過密のアンバランス現象の発生

 

    全国総合開発計画の流れ

      第1次全総(昭和37年10月 閣議決定)   池田内閣 所得倍増・拠点開発方式



     第2次全総(昭和44年5月 閣議決定)     佐藤内閣 大規模プロジェクト方式



     第3次全総(昭和52年11月 閣議決定)     福田内閣 定住構想方式



     第4次全総(昭和62年6月 閣議決定)      中曽根内閣 交流ネットワーク方式



     第5次全総(平成10年3月 閣議決定)      橋本内閣 国土グランド・デザイン方式

 

 7、その過程での、いくつかのエポック ターニングンゲ・ポイント



       国づくりの構想と計画におけるもの

            「所得倍増計画」        池田勇人時代

            「日本列島改造論」       田中角栄時代

            「田園都市国家構想」     大平正芳時代

    

 

      ヒューマンライフ・リージョンへの系譜

          エベネザー・ハワード『明日の田園都市』  「ガーデンシティ」1898年(明治31年)  



                『田園都市国家の構想』     1980年(昭和55年7月)



  田園都市構想研究グループ報告書

 「田園都市構想研究グループは、昭和54年1月17日に大平内閣総理大臣の委嘱を受けて発足して以来、田園都市国家構想について検討を行ってきました。

この間、昭和54年4月10日に中間報告を提出しましたが、ここに報告書を提出いたしますとともに、謹んで故大平総理のご冥福をお祈りいたます。本報告書は、

研究グループにおける報告と討議を基礎に、香山・山崎の両幹事が起草し、梅棹議長のもとに、数次にわたる討議を経てまとめたものです」と冒頭に書かれている。



  政策研究会・田園都市構想研究グループ

  議長   国立民族学博物館長 梅棹 忠夫     政策研究員・幹事 学習院大学教授 香山 健一    大阪大学教授    山崎 正和

  研究員       19名
  

  意見聴取  梅原 猛      河合 隼雄    下河辺 淳    丹下 健三    千 宗室  他  6名


  以上のように、日本の知性を代表する方々を網羅した顔ぶれが居並んで作成された。このような、国土や日本への理念や構想は、今なお

新しい地域・国家構想についての構想計画の古典であると、私は思っている。 その延長線上に、21世紀のグランド・デザインがなくてはならない筈である。

 国土・地域への視座


   地域主義の思想的潮流  


           経済学的アプローチ        玉野井芳郎



          農学的アプローチ          坂本慶一 



     内発的発展方向の潮流

     

        地域曼荼羅思想            鶴見和子

         生命科学的アプローチ         柳澤桂子



  柳澤桂子著「母なる大地」 (2004年1月発行)から

   ――

 「海と森と山と川は、地球における壮大な水の循環システムを形成しています」

   ――

 「土壌は生きています。土壌は生態系そのものです。生態系が健全であれば、作物が育ち、森が育ちます」

   ―― 

「地に足の着いた食糧自給国にならなければなりません。そのためには減反で傷んでしまった土壌を回復させ、森をつくってきれいな水を確保し、海も回復させなくてはなりません。

産業廃棄物の問題もあります。地元で採れた旬のもの食べるという、食べることの原点に戻りたいと思います。本当は、それが一番美味しいのですから」

  ――

 「環境中に排出される化学物質の問題、生態系の物質循環の破壊の問題、土壌の破壊の問題、水循環の破壊の問題、これらすべてが環境問題です。

そして、これらのほとんどが社会の工業規模が大きくなりすぎたことによっておこっているのです。自然が豊かだった一昔前の暮らしにもどろうではありませんか。今のような生き方は地球を殺します。

 皆が質素に暮らすこと、自然に溶け込んで暮らすこと意外に、地球を救う方法はないと私は思います。そして地球が健全でなければ、私たちも決して幸せではないはずです」

  


 38億年の生命の歴史。

 

 ここから、闘病のさなかにあってじっと見つめる生命科学者のこの言葉は、同氏の『生きて死ぬ智慧・心訳 般若心経』と共に、心の奥深くに響く、予見性の鋭い珠玉の言葉である。

 それは同時に、「四万十時空マンダラ」の地域づくりへの指針ともなるものである。 そして、それはシュタイナの次のような「農業発展のための精神科学的根底」の思想とも呼応している。

 ____


「―私たちは改めて新しい知識を手に入れなければなりません。

人類は、様々な分野において、自然ならびに宇宙の関連の総体から再び何かを学びとるか、

さもなければ自然および人類の生命を枯死滅亡させるか、この二つに一つを選ぶほかないのであります。古き時代において、

人間が本当に自然の有機的構造の中へ入っていく知識を持つことが不可欠であったのと同じように、今日の私達もまた、

本当に自然の有機的構造の中に入ってゆく知識を再び必要としているのであります」― (2005年6月19日)



    

   第3章  私の思う到達点


オルター・グローバリズム

         世界的干渉主義からの脱却の時代における地域主義への回路

         世界市場主義の経済的暴力の追放

          勝ち組」への偏向の排除         



     オルター・モンロー主義

         閉ざされた相互不干渉から開かれた地域内分権根への回路

         高南台地の四万十川流域に開けた牧歌の里

         森とみどりの鎮守交流空間の再生

 

     協働とパートナーシップ

         地域主権を新たに復位させ、その地域内でのさらなる分権を実現する方向での、相互関係 (住民同士、住民と行政、地域間交流)をつくり、おたがいが協力していく。



     ホロニックな地域創造

         「個」と「全体」の高次元的統一

         「個」の完成による新たな「公」の復権

          

その適正なエルアを絶えず求めていく持続的なイノベーション

          

    地域の脚下を深く掘り起こすことで個性が生まれ、個性を深める中に世界に開かれた普遍性が 作られる。



     ―地域創造のベクトル―


  いまや野放図なグローバルという波は人類を破滅に飲み込もうとしている。

もはや、声高にグローバル化を唱える時代ではない。私たちが持続的に存在することを願うならば、オルター・グローバリズムの舞台として、時間の堆積した地域の風土をじっくりと自律的に醸成すべきときである。





     第4 章 「生=農」 地域文明創造への回路 

 J、21世紀の国土のグランド・デザイン」1998年

           太平洋に浮かぶ庭園の島・日本の国土構想 (『文明の海洋史観』から)
 

地域の自立と美しい国土の創造(第5次全総)



   基本スタンス  多軸型国土構造に転換 

 1 中枢・依存関係から、より水平的な都市のネットワークの形成

 2 自然環境の保全、回復や新しい文化と生活様式の創造

 3 地球時代に相応しい国際交流機能の構築



    目標   多様性に富んだ美しい国土空間 (庭園島)

    四つの国土軸

        「北東国土軸」

        「日本海国土軸」

        「太平洋新国土軸」

        「西日本国土軸」



 注目点

 「美しい田園、森林、河川沿岸等において自然環境の保全と回復を図るとともに、人の活動と自然とのかかわりを再編成していくことが重要である」


 「自然界の物質循環への負荷の少ない諸活動の営みを可能とする循環型の国土を形成していくことが必要である」


 「恵み豊かな自然の享受と継承」

                   


  K「食料・農業・農村基本法」(新基本法):1999年7月

   新基本法

 1961年基本法は農業の近代化、農業の工業化(機械化、多農薬・多肥料の農業推進、主産地形成の単作奨励)であったが、

1999年基本法の特徴は、特に農業・農村の「多面的機能」を高く評価したことにある。

  1,自給率の向上

2,多面的機能の重視

3,持続的農業の推進

4,農村の振興


  農業農村の多面的機能       

        農業の有している性格と役割

        食料を生産するという経済活動

        アメニティの提供や洪水の防止などの外部経済

        河川の汚染、地下水汚染、土壌浸食などの外部不経済



 農業・農村の公益的機能


   1 国土保全――洪水被害を軽減したり、土砂崩壊や土壌浸食などを防ぐ働き


   2 水資源涵養――自然のダムとして地下水などを豊かにする働き

   3 生物・生態系保全――ホタル、トンボ、水鳥や小さい魚などの身近な生物の棲む環境を守る働き

   4 アメニチィ提供―

   美しい田園風景やレクリェーションの場を提供したり、体験学習などを通じた情操教育の場としての働き

   5 伝統文化保存――古くから伝えられてきた伝統文化や祭り、技術などを保存・継承する働き



以上について、国民の税金や基金への寄付など、一世帯あたりの負担ができるとする金額(支払意思額   :WTP)から推計したもの

  世帯数 46,156,796戸  一世帯WTP 75,272円

                      総評価額 3兆4743億円




  食料・農業・農村基本計画 2005年見直し計画について

  1980年版『日本農業年鑑』によると、同基本法に基づく「選択的拡大」とは、

 「重化学工業を中心とする高度成長のためには、農村・農業からの大量の労働力を必要とするが、それには農業の生産性を向上させることが必要である。それが構造改善事業を中核とした農業の構造改善であり、高度成長の基盤となる工業製品の輸出のためには農産物を輸入する国際分業が必要であり、そのためには、工業製品の主要輸出国であるアメリカの要求する輸入農産物と競合しないものを国内で生産する方向が選択的拡大であるとしたのである。」

――

 つまり、新基本法下でも、基本的には自給率ではなく輸入と備蓄という方向のもとで、国内の自給自足の伝統的方向は、次第に崩壊の一途を辿ったのである。

 それに連れて、穀物自給率は低下し続け、先進国の中で最低の国内自給率となり、食料輸入大国という危険な道を進んできた。

 2005年に見直しを取りまとめた「新基本計画」でも、45パーセントの自給率目標は据え置きながら、その目標達成を困難としている原因へのアプローチはなく、これまでとおりの自由貿易化を進め、基本的な解決にはならない表層的な施策のみクローズアップされている。「農地の確保」と「自給率向上」は密接な相関関係にあるのが現実であり、かつ必然であるにもかかわらず、である。従ってこの計画に、何も新しいものはない。

 ここに期待できる内容は、いま見当たらない。(追記 05年6月) 



 L 21世紀日本の構想:2000年1月

                 「日本のフロンティアは日本の中にある―自立と協治で築く新世紀―」


問われるものーー統治から協治へ 

「官から民へ」という統治ではなく・新たなガバナンスを築き、個人と組織の間の新ルールと仕組みが求められる。

 1、 個の確立と新しい公の創出 

 2、 「たくましく、しなやかな個」その個人を基盤とした新たな公の創出が必要。

、21世紀日本のフロンティア

 1、先駆性 

 2、多様性 

 3,ガバナンス(協治) 地域は自治で自立する

   中央政府の権限を知事や市町村長に移管する地方分権の発想でなく、

   地域住民が地域のあり方を自分で決められる仕組みが必要。

   そのため中央と地域が水平な関係に。

   地域の政府は自己責任で自立しうる規模とし、税と地方債は地域で独自に決めるようにすべき。

   多様化し、複雑化する時代に相応しいルール、開かれた仕組み、新たなガバナンスが不可欠。

   政治、行政、司法のすべての見直しが不可避。 

   「地域の自決」住民主体の地域づくり。

    地域を活性化するためには、自治能力を高めることが大切。

    水平型、開放型のシステムを整えること。

  これまでの国土計画が上から推進してきた「国土の均衡ある発展」の考えを変更し、地域社会の特性を      地域社会が自分の判断と力で開花させる方向へ向かうべき。



    地 域とは

    地域は暮らしの場である。

    地域は多様であり、しかも固有のものがある。

    生活空間としての地域は,

     生産者、消費者、行政などの各主体が自覚的、効率的に義務を果たそうというインセンティブ(刺激、    誘因)を働かせやすい場である。

    地域の住みよい居住空間への開発については、

                    美しい景観や自然の多面的な役割を解しなければならない。



  世界に生きる日本


  ● 20世紀の財産目録――自由、民主主義

 

  ● 21世紀の世界に生きるための国内基盤

    1 言力政治    

    2 国際知識の集積・人材育成

    3 グローバリゼーションへの対応 



 M 「環の国づくり会議」報告書     2001年(平成13年)

          同年7月10日「21世紀『環の国』づくり会議」報告書の中から

   ――

「私たちいまを生きる人間は、21世紀、さらにはその先の世紀を生きる子孫、そして地球上に生きとし生けるものに対して、恵み豊かな地球環境を確実に引き継ぎ、人類が地球と末永く共生していけるように努力する義務があります」――との認識に立ち、本論を次のように展開している。

  ここでいう「環」とは
 

   1 地球の環――地球と共生する「環の国」づくり

   2 環境と経済の環――環境産業革命の推進

   3 物質循環の環――循環型社会の実現

   4 生態系の環――自然と共生する社会の実現

   5 人と人との環――人々が協働する「環の国」づくり

   

     生態系の環ひは

          日本の伝統的自然観。
 

          自然に手を入れながら付き合っていくという自然に対する態度が基底にある。

     この自然観により、自然生態系を蘇らせる21世紀にしていく必要がある。



   公共の精神 中庸の精神 環境倫理―― これらによって

     人間中心主義から、生命中心主義への思想と施策の方向を示すのが狙いである。


 

  「環の国」づくりに向けた政策提言 (電通政策研究所長福川氏の資料より) 

        田園都市国家構想の系譜におけるにおける「環の国」づくり



   ● 日本を世界に誇る美しい田園都市にしようと言う21世紀のグランド・デザイン

 

   ● 「庭園」は囲まれた空間ではなく、歴史、文化、政治、経済が生き生きと展開する開かれた空間 

           

   ● 1902年のハワードの「ガーデンシティ」  1980年の日本の「田園都市国家構想」  1998年の「第5次全国総合開発計画」



          これを踏まえ、それを超えること。

         人間と自然と技術の調和を図るヴィジョンの追求。



 N 美しい国づくり政策大綱 (国土交通省)     2000年(平成15年7月) 



  その前文には、次のような問いかけの一節がある。

    「美しさは心のあり様とも深く結びついている。

私達は、社会資本の整備を目的でなく手段であることをはっきり認識していたか。

量的充実を追求するあまり、質の面でおろそかな部分がなかったか、等々率直に自らを省みる必要がある。」

    ――

    「この国土を国民一人一人の資産として、我が国の美しい自然との調和を図りつつ整備し、次の世代に引き継ぐという理念の下、行政の方向を美しい国づくりに

向けて大きく舵を切ることとした。」

  と明確に同省は述べている。



  そのため 

  「これを契機に、美しい国づくり・地域づくりについて、国民一人一人の広範な議論、具体的取組への参画が促進されることを期待する次第である。」

  と、前文を結んでいる。



 美しい国づくりのための

取り組みの基本的な考え方

   その基本姿勢として、次の6項目を掲げている。

1 地域の個性重視

2 美しさの内部目的化

3 良好な景観を守るための先行的、明示的な措置

4 持続的な取り組み

5 市場機能の積極的な活用

6 良質なものを長く使う姿勢と環境整備





 美しい国づくりのための施策展開

   その具体的施策として以下の通り15項目

1 事業における景観形成の原則化

2  公共事業における景観アセスメントシステムの確立

3  分野ごとの景観形成ガイドラインの策定等

4 景観に関する基本法制の制定

5 緑地保全、緑化推進策の充実

6 水辺・海辺空間の保全・再生・創出

7 屋外広告物制度の充実等

8 電線類地中化の推進

9  地域住民、NPOによる公共施設管理の制度的枠組みの検討

10 多様な担い手の育成と参画推進

11 市場機能の活用による良質な住宅等の整備促進

12 地域景観の点検促進

13 保全すべき景観資源データベースの構築

14 各主体の取り組みに資する情報の収集・蓄積と提供・公開

15 技術開発

以上はこれまでの政府の行政発想とは一線を画する際立ちを示している

  O 「水とみどりの美の里プラン21」農林水産省  2003年(平成15年)9月

 

     個性ある魅力的な農山漁村づくりーーーその施策推進の前提として

1  活力ある農林漁業の維持発展

2 農山漁村の地域資源の活用

3 地域住民の合意形成

この三点に留意すべきこと



美しいむらづくりのための施策

   視点1 生産、生活の両面における空間的な調和

  視点2 健全で豊かな自然環境や景観の保全

   視点3 地域の営みや伝統文化に根ざした地域社会の維持

  視点4 農山漁村の魅力を生かした都市との交流の展開



施策の展開方向

1 景観配慮の原則化

2 具体的目標を明示した取り組みの推進

3 個性ある魅力的な農山漁村の維持・形成にための総点検や保全活動の実施

4 法的規制の検証・明確化・見直し

5 関係者の意識の改革・醸成

6 個性ある魅力的な農山漁村づくりに関する情報の収集及び発信、技術開発

 

 ようやく出てきた以上の方向性を、四万十大地の身の丈にあった具体的な施策として展開する必要がある。

それが畢竟、生の地域空間としての農の地域文明の創造に結ばれるはずである。

                                           (2004年2月18日 記)





   第3編 計画の思想と未来展望への論証的考察



  第1章 「田園都市国家構想」から


序において

 ―

「21世紀における「名誉と活力ある生存」を確保するために、どのような経済運営をおこなっていくべきか。<文化の時代の経済運営>の<」基本理念>を人間性、自主性、

創造性、地域性、国際性の尊重の五つに求め、これを踏まえ、いくつかの提案を試みる」

 として、その基本スタンスを示し

 ―

「われわれは、人類が21世紀にあって活力ある生存を確保し、文明社会の発展を支えるために、今後、科学技術が目指すべき<新しい途>として<ホロニック・パス>

を選択すべきことを提唱する」ことを掲げている。

続いてそのコメントを行い

 ―

「われわれは、この<新しい途>を<全体子(holon)>

という言葉に見られるように、全体と個の調和が図られるという意味で<ホロネック・パス>と呼ぶ」

* *  *

 「<人と人との間柄>を大切にする日本文化においては、人は個としてよりも<なかま>と一緒にいることによって集団に帰属し、その集団は、活力ある部分システムの独自性と

多様性を尊重する<しなやかな>分散型構造を特質としている。日本文化の、この特質は<ホニック・パス>に適しているものと考えられる」

とある。

 しかも、21世紀初頭の現下において希求すべきことを、すでに提起している。

ここには、すでにオルター・グローバリズムが示されていた。すなわち



「日本人にとって<近代>は、もはや志向すべき目標ではなくなったのである。日本人の価値観を測るための新しい次元が検討されなければならない。

それは、<西欧的なものの見方>対し、<日本的なものの見方>いう軸を採用することでもあろう。

それは、日本社会が伝統的にはぐくんできたあたたかい人間関係や人間と自然との調和を重視する日本的な価値観の見直しにつながるものである」



以上の視座は、昭和54年時点の時代から、平成16年の現在をさらに越えて、展望すべき方向性を具有していると思う。

本構想から、まさに四半世紀を経て、なおかつ先見的な視座を宿している。

それは、次の言葉にも、その確信が表されている。

 ―

 「30年後、50年後の地域社会が、日本が、あなた自身の家庭や生活がどうなるか、どうなるのが望ましいのか、そのために今日から、この10年間、20年間に、

あなたを含めて何をしなければならないのか、そういうことを(この報告書は)あなたに語りかけてくれるであろう」



 当時の内閣官房内閣審議室分室・内閣総理大臣補佐官室によって、このように書かれている。



 ―

 「都市に田園を、田園に都市の活力をもたらし、両者の活発で安定した交流を促し、地域社会と世界を結ぶ自由で平和な、開かれた社会、そうした国づくりを目指す構想を

われわれは「田園都市国家構想」と呼ぶ」

と宣言している。続いて

 ―            

「日本文化の特質を生かしつつ、脱工業文明への転換に対応する創造的なものでなければならない」

 との観点から

 ―

 「人間の移動への欲求や、高度の選択の自由と多様性を保証する広義の視点に立った、開かれた新しい地域主義をめざすものである」

 と明言している。

そしてそれは

― 

「自然にそれぞれの地域の自主的な選択により、30年、50年、100年という歳月のなかで、形成されてくるであろう新しい社会を意味している」

と述べている。

 

このような、波長をもって発想され、提起されているこの構想は、今なお今日的であり、かつ未来的な示唆に富むものである。

これらは今世紀初頭期に、より一層強力な発信力を発揮しているものと私は確信する。

 


〔田園都市圏の中核となる地方都市〕



1、調和のとれたネットワークの形成

2、地域の自主性と多様性の尊重

3、コンクール方式によるまちづくり

4、

    

  〔太陽と水と緑の蘇生〕



 ―

 「身近に豊かな太陽と水と緑を蘇生させるための緑の空間計画を飛躍的に拡大し、小鳥たちが憩い、小動物が躍動する生命をもって、人間と共存できるような環境を

整えなければならない」

          *  *  *

 「小さなコミュニティの重要性、小さな町や村は人間性の形成など、人間にとって重要な役割を果たすものである」





  〔むすび・環太平洋連帯〕

 ー

 「田園都市国家構想は、国際的にも開かれた構想である。われわれは、21世紀へ向かっての田園都市国家の建設を通じ、先進国家を超克し、新しい展望を

切り開いていかなければならない」





このような思想的潮流は、東洋の史的展望を内在した文明史観に受け継がれ、本世紀に滔々と流れ込んでいる。 





   *  *  *

 昭和54年1月17日、当時の「大平総理大臣の発言要旨」をみると、その中に次の通りの文言がある。

 ―

「田園都市国家構想というのは、今後相当長期間にわたって、国づくり、社会づくりの道標となる理念である。

      (中略)

 田園都市構想というのは、今日における地域主義の思想に沿ったものである」

 ―

 「緑と自然に包まれ、やすらぎに満ち、帰属意識の強い、そして、みずみずしい人間関係が脈打つ地域生活圏が、全国的に展開されることが求められている」





   *  *  *

 この予見的にして、ヒューマンな提言は、まさに現下、全国的な市町村合併の場合、最も大切な指摘となるものである。地方自治体の再編成のなかで、守り育てるべき

、忘れてはならないことなのである。

  第 2 章 「文明の海洋史観」から 



  「地球の大半を占める海から見れば陸地は島でしかない。諸大陸も海に浮かぶ島々であり、この世界は地球という水の惑星に大小さまざまな島々が海に浮かぶ

「多島海世界」であり、海洋史観とは地球的規模から文明の興亡を展望する歴史観である」



「この国のアイデンティティを太平洋に浮かぶ「豊饒の半月弧に浮かぶ庭園の島」に求めた。日本は、その国土の7割が緑したたる深山幽谷であり、北は亜寒帯から南は

亜熱帯に広がる豊かな生態系をもっている。その多様な自然生態系を各地の人士が生活の中に「庭」として取り込んだ時、日本は地方色豊かな庭園の島となる。

ガーデン・アイランズは日本を構成する六千八百の島々が表しうる生活景観の美しい形であり、異文化の人々の憧れを集める日本文明の理念型たりうる。これをもって日本の未来につなぐ国土構想として提示するものである」

  ―

以上は、第8回読売論壇賞を受賞した国際日本文化研究センター教授川勝平太著『文明の海洋史観』の「序」の結びの言葉である。

ここには、「田園都市国家構想」の鮮明な継承があると思う。

また、21世紀における日本文明のイメージは「世界諸文明の生きた博物館」だという川勝氏は、海洋史観からの展望を締めくくるに当たり、次のように書かれている。

  ?

 「今回の「庭園の島」構想が出てきたのは、日本のアイデンティティの発露といわねばならない。それが発揮できるのは、都市化・工業化に汚染されないできた過疎地帯であり

、多自然居住地域しかない。そこに交通・情報・通信のインフラ整備に支えられた美しい生活様式を開花させる時代が来た。それは自然を生活の中で、風景を「借景」として庭にとりこむ旧来の生活様式である」

 ?

 さらに氏は述べる。

 「報告書(『国土計画長期ビジョン・国土審議会・計画部会調査検討報告書』平成8年12月)が謳っている《太平洋に浮かぶ?庭園の島?日本の国土構想》は、

意識されていないが、明治6年以前の日本のルネサンスにほかならない」と。



 私は、このような理念的アプローチを、私たちの「四万十田園空間の地域計画」と、その主体としての「新たな自治体形成設計」に強く反映させたい。



私には、墳墓の地であるふるさとのカジュアルな歴史的風土の匂う地域の風景が尊く感じられる。



その現実を深化していき、その水脈で、いま私たちが、今回この地域の町村合併という手段を通じて、目前に顕現すべき方向であると思う。






  第 3 章 「耕す文化」から

                                                                                                                                                                                                                                                              

食料・農業・農村基本法の策定に指導的役割を果たした木村尚三郎・東大名誉教授は、その著『耕す文化の時代』の中で



「人と人の心を結び合わせ、人間の情感を満たしてくれるものは、まさに、土と農業と美しい田園風景しかない」と記述されている。



「農業というものを文化の基礎として考え直す時期が目の前にやってきていると思う」 



「現在は、人々の価値観が大きく「文明」から「文化」へと転換しつつある」

 ―

 「ここでいう文化とは、大きく三つの要素を満たすものでなければならない。 

  第1に、土の匂いがすること。

 第2に、自らの手足や眼を働かせること。

  第3に、収穫を楽しむこと。」

     ☆

文化とは本来、耕作の意味であった。五感を研ぎ澄まし、全身でものを考えるということ」

 ―

「自然こそが、最大の教育者なのである」

 ―

「親和共生を生活の場のなかで確かめることができる」

 ―

「現在は逆に、農村こそがイニシアティブを発揮して、都会の人たちに米や野菜だけでなく、心の糧を与えるべき時期である。 

     ☆

真に楽しく、真に創造的で、真に驚きと夢を与えてくれるのは、これからの農業である、と思う」

 ―

「そこには人と自然、人と人との出会い、ふれ合い、調和があり、手足、アタマを自分なりに動かす喜び、そして収穫の楽しさがある」

 ―

「土地ごとに自ら耕し、そして楽しむことこそ、文化の本質である」



 以上のように

 木村教授は、すでに1988年(昭和63年2月発行・同書)に述べられている。

 この思想・理念が、1999年の「新しい基本法」の高く評価される所以である。

この観点は、私の長年にわたり、この里に抱いてきたものと呼応するでもある。



順子たる「耕す文化」の里こそが、四万十盆地状台地のアイデンティティなのである。



その身元の上に、未来的価値創造として個性的に展開すべき姿とは、このような「弥生の里」の現代的再生にほかならない。





 第 4 章  「森の思想」から     

   

 「梅原日本学」を樹立された、私流に言えば思想界の推理作家である予見的な哲学者・梅原猛氏は、高知新聞紙上でお馴染みの「灯点」でもそうであるように、

常に時代に正面から発言を続けておられる。

氏は、その著『「森の思想」が人類を救う』の中で、強く訴えている。



 「われわれは文明の原理を、人間の自然支配を善とする思想から、人間と自然との共存をはかる思想に転換しなければなりません。私はもう一度、狩猟採集時代の

世界観にたちもどり、個人ではなく、種を中心とした考え方、つまり永遠の生と死の循環という思想をとりもどさなければならないと思うのです」

   * * *

「日本では仏教は、人間中心の宗教から森の宗教に変化していったわけです。この森の宗教の思想について、私は長い間いろいろ考えてきたのですが、

結局、森の宗教の思想は、生きとし生けるものはすべて共通の生命で生きている。そして、生きとし生けるものはすべて成仏することができるという考え方だと

最近思うようになりました」

   * * * 

「森の文明の考え方の基本は、《生命はひとつ》だということです」

      ― ―

 私は、以前から梅原猛先生の著作に惹かれ、その作品に親しんできているが、この思想的次元を、地域現場のどこで実現できるのだろうかと常に考えてきた。



 このような森の思想は、畢竟、深い山から天に至る垂直思考の方向性が見出せるのでなないか。



垂直思考の代表的な土佐の人物に例えば義堂・絶海や寺田虎彦など、水平思考の代表的な人物には例えば坂本竜馬や植木枝盛など、が存在するといえようか。 



《自由は土佐の山間より出づ》という土佐は、太平洋に向かう「水平思考」と山間から天を仰ぐ「垂直思考」の二つの思考スタイルと、その接点があると思う。

  



 今年の元旦、高知新聞「脈々ニッポンの技」・序章に、梅原氏の作詞になる「ものつくり大学」(埼玉県行田市)の校歌が掲載されていた。

  

「ものつくりの国 日本」

1、 縄文の昔より

   国の誇りは ものつくり

   遠き世ゆ 伝えきて

   みがきみがきし 美しき

   たくみのわざを われら学ばん



2、 日の本の 近き世の

   国の栄えは ものつくり

   豊かなる 世をまねく

   きたえきたえし まことなる

   たくみのわざに われら励まん



3、 この道の すたれなば

   国の滅びは きたるらん

   身と心 一つなる

   にゅうものつくり 世直しの

   たくみのわざを われらつくらん



氏自身の、作詞したそのコメントをさらに、要約してみると以下のようなことになると思う。



一番

ものつくりの起源。

日本の基層にある縄文文化。

森の文化こそ日本の基層たる文化。

二番

ものつくりの文化の伝統。

土器や木器を作った日本人が稲作農業を輸入し、芸術的にも優れた米つくりをした。

このものつくりの人たちは、勤勉で正直な道徳を深くその身につけていた。

この弥生人は、縄文遺民であった。

三番

ものつくりの精神の衰微を嘆く。

ひいては日本の国の衰微を招くとともに、日本のもっともよき伝統が失われることになる。

そこで、ものつくりの伝統と文化を復活する、新たな道をここに示す。

        −−−−−−−−−−− 
 

 エレガントな島・四国のシ・マムタの川の流れが育むファインな田園の郷


  この道。 その道程の灯火は、「ヒューマンサイズ・テクノロゾジー」=「ファイン・テクノロジー」。

    

  そこにある人間の背丈規模の技術と文化。

  四万十の地域が、世界に贈る、明日への遺産。

    それを、いまここで、私たちは目指したい。



   四万十の森の思想という垂直思考の、格調高い精神的な香りのある郷ーー 

   形而上的な奥行きのある高原の里ーー 









  第五章 「多面的な機能の評価」から

―地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的な機能の評価についてー

  

  はじめに

「平成12年12月14日農林水産大臣から日本学術会議議長に対し、《地球環境・人間生活にかかわる農業及び森林の多面的機能の評価について》諮問がなされた。

 *

 本答申の趣旨と内容が、広く国民に理解され、国際的に一つでも多くの国や地域の合意をうることができれば、21世紀において人類に新たな展望が開かれるものと考える」

 

 要旨

「人類は、これまで先進国を中心に、高度成長と国際化によってかってない物的な豊かさを獲得してきた。しかしそれは他方で環境問題を生み、人間的な生を約束する真の

豊かさとは何か、といった問題を提起した」

   *

「また農業に関しては、自然条件に恵まれた大農園農業がEU諸国等の中農園農業を脅かし、日本のような小農園農業を大きな困難にと陥れた」

    *

「特に日本農業は、食糧自給率(カロリー)40パーセントという世界的にもまれな状況となっている。また木材自給率は20パーセントと低下している。

同時に農山村は衰微し農地ならびに森林資源が滞っている」

   *

「むろん近代的な農林業生産活動は、環境を汚染・破壊している面のあることは否定できない。しかしそれは、国によって多少の差はあれ、人類の直面する共通の

課題である。

 環境破壊の側面があるからといって、多くの輸入に依存し、他国の森林伐採に頼れば、食料保障の基盤を失い、物質循環とりわけ窒素・リン等の循環を攪乱し、

多面的機能を失い、他方で輸出国の環境破壊を促進する。

 効率的な農林業生産、持続的農業と森林管理のための技術の開発、循環型社会の構築、人間的生の場の形成等は、それぞれの地域において、調和的・統合的に

実現していくことが重要である」 

    *

「そうした地域や国の連鎖の上に、地域循環の保全と人類の安寧も展望されよう。

 これらと絡んだ農業・森林の適正な配置の構想と、新たな貿易政策の確立が望まれる。

 またその際、私たちの深い洞察力と相互理解が必要であり、新たな自然観の形成、環境倫理、食の倫理なども求められることとなろう。

 科学もこうした実践的な問いに応え、貢献する必要がある」

    * * *



 結び

「これまで述べてきたように、農業・森林のもつ多面的機能は、地域資源及び地球環境の保全、豊かな人間生活にとって今後ますます大きな意味を持つと考えられる。

そして、その理念の理解と事実の定量的評価を通じて、私たちはより一層多面的機能についての自覚を深めることができる」

    *

「ただ、定量的評価に際しては、自然的条件や社会的文化的状況を背負う地域性の視点、動態的・歴史的視点など、考慮すべき多くの問題が付着している」

    *

「それらが内外において、総合的に検討され、相互に話し合わされ、生産・管理の現場及び国土利用、貿易等政策形成の場において配慮される必要がある」

    *

「その時、21世紀の世界農林業・森林の適正配置とあるべき姿、ひいては各地域や国、そして世界の経済と環境の望ましい将来も展望されるであろう」

    *

「またこうした持続的農林業確立への一層の前進、環境や人間生活を顧慮した計画的な国土利用、定住可能な農山村の確立と農業・森林の多面的機能の十分な

発揮のためには、それを支える私たちの新たな価値観、自然観の形成、環境を巡る倫理、食の倫理も求められることになろう」

    *

「そして学術は今こそ、新たな領域に踏み込み、こうした人類の生存をかけた実践的な問いにも、総力を挙げて役割を果たすことが期待される」

 

 ― ― ―

ここに示されていることの、ひとつひとつを積み重ね、実現の場とすることが、この四万十川の流域には可能であろう。

 





  第 6 章 計画への視座


 

  オルターモンロー主義的な

  四万十川盆地状台地を舞台とする地域的個性の確立に向けた自律性の発揮による地域創造。

  ここに、普遍的な価値観を世界に拓く四万十川流域の公共空間的役割もあろう。

 

  日本の山河、海浜を抱く各地域が連帯して、オルター・グローバリズムを具現化しなくてはならない。

  この地域目標を高く掲げ、四万十川上中流域に相応しい清浄な水と、

  空気と、陽光と、緑の、多面的機能が遺憾なく発揮されること。

  その豊かな多様性の輝きに光沢を放つ四万十の

  田園空間、森林空間、自然海辺空間の保育主体たり得る新たな自治体を構築したい。

 



  

  跋 シマムタ・アルカディアプラン・四万十の微笑みに向けて

  共通基盤となるべき計画理念の、一つのマルジナリアとしてこれを提示することにした。

  ここで私が提唱するのは、明日への遺産たるべき四万十川中流域の、いわば核的存在としての

  地域的な矜持とロマンであり、そこからの四万十大地空間における「地域計画原論」へのアプローチである。

  そのプランニングのプロセスに、何かの参考になればと願う一種の遺言的な提言でもある。

  現下、「理想郷・シマムタアルカディア」とは何か。そんな夢想の時ではないとの批判もあるだろう。

  しかし私は、深い淵にこそ、ジャンプできる高い理想を掲げ、先見性を磨くことが極めて大切だと信じる。

  牧歌的な楽園にたとえられたアルカディア。

   そして、日本の飛鳥時代の仏像にも見られるという、神秘感を与える微笑の、アルカイック・スマイル。

  このアルカイック・スマイルを、青き流れの四万十にーー。

  山上の隔絶された清浄な四万十盆地状大地は、四国のアルカディアたり得る。


 この牧歌的な里の、復活と再生と共生への道を、道標としたい。


 二一世紀初期の自治体によって行われるべきことは「四万十田園空間の形成」である。

  「生の論理」による「農の郷」の地域空間形成。

  自然の中の人間、その人と人との、

  わが国の伝統的な「ともいきの里」を不断に作っていくという「地域創造」を願ってやまない。 





新たな『公』としての自治体に託する思い (「地域計画の理念的潮流」より)



        ☆

 地域社会で、共生の思想のもとで自治体を再構築して、定住の里づくりを行うのは、いわゆる「協働」を実現することである。他律性から自律性への住民自身の転換であり、かつ行政自身の自己改革によって課題解決するという方向の確立であろう。

それには行政従事者の意識および住民意識の変化を前提としなくてはならない。未だに散見される役人根性や行政依存の住民意識を払拭してこそ、そこに、はじめて、お互いの共通目標を醸成することができよう。

 そして、対等性、自主性、自律性などの確保により、相互理解の道を拓き、新たな関係を意識的に作り出すことである。今次の基礎自治体合併という手段は、それを実現するという目的を達成する方向のもとでの、ひとつの方法として成立させることであり、それ以外であってはならないと考える。                 

       ☆

 地域の脚下を深く掘り起こすことで個性が生まれ、

       個性を深める中に、世界に開かれた普遍性が作られる。           



   ―地域創造のベクトル―

 いまや野放図なグローバルの波は、人類を破滅に向かって飲み込もうとしている。

 もはや声高にグローバル化を唱える時代ではない。私たちが持続的に存在することを願うならば、オルター・グローバリズムの舞台として時間の堆積した地域の風土をじっくりと自律的に醸成すべきときである。

                      

      ☆

 私は、「耕す文化」の里こそ、四万十盆地状台地のアイデンティティだと思っている。その身元の上に未来的価値創造として個性的に展開すべき姿とは、いわば「弥生の里」の現代的再生なのである。

      ☆

           この道

                その道程の灯火は

                         「ヒューマンサイズ・テクノゾジー」=「ファイン・テクノロジー」    

                エレガントな島

                          四国のシ・マムタの流れが育むファイン水土の郷



     ☆

 そこにあるのは人間の背丈規模の技術と文化。 四万十の地域が世界に贈る明日への遺産。

     ☆

  四万十の森の思想という垂直思考の格調高い精神的な香りのある郷。

  そして形而上的な奥行きのある高原の里。 それを目指したい。





  以上の地域理念と地域計画及び自治体設計への基本スタンスをこのたび提示したい

       との思いを込めたのが本書である。

   『計画叙説』 ―地域計画のイデアとヒントのために―

     第1編 国のアルカディア建設に向けて =四万十田園空間の自治体形成試論=

     第2編 地域計画の理念的潮流=共生の回路・内発的発展への回路=

 

    四万十の大地・生命のゆたかに育つグラウンド。

    このプランニング・ステージである水と木と土と光、

    

     これらの天与の恵みの上に伸びやかに広がる、みどりと太陽の田園空間。

     この共通の認識と基盤に立ち、共通目標に向かう行政と住民のパートナーシップを具現化することを目指した私的な試論である。



(2004年 如月執筆) (2005年 加筆編集)



  これは窪川町・大野見村合併協議会の議論開始の冒頭において、私の提起した「四万十型地域内分権方式で新自治体創造を行うべきだ」という発言に対して、それはどのようなものなのか、との大野見村のある委員からの質問に答えようとして、記述をはじめたものである。

  この間、新町建設計画策定小委員会における将来構想に関しての議論の過程で、その委員長として各委員に新町建設への思いや提案を文書で提出を求めた経緯もある。

  さらに、合併を取り巻く状況変化のなか、窪川町・大正町・十和村合併協議会の委員も兼ねることとなり、この際、自分自身の考え方の底流を自らで確認しておきたいということもあった。

  また、この機会に次世代の地域へのイメージについての提唱をしておきたいと願いもあった。





アルカディア・プラン相関図

     

  四万十の新町づくり  【計画のイデアと潮流】 



      大気と水と光 四万十の虹  



                森と海と田園 四万十の微笑み



長期スパン広域圏田園空間整備計画ーー


アルカディア・プラン== ともいきの里づくり == アルカディア四万十大地

          

  四万十地域空間計画ステージ 計画イデーの源泉ーー 



四万十の美しい、いのちの里を目指して。 

(市川和男 平成16年10月)



 付属

  「窪川・大正・十和法定協議会便り」から

高知新聞「時の方舟」に度々登場した内橋克人氏によれば、小泉政権の内部から三悪人論が聞こえてくるという。それは国家負担のかかる老人、農業、地方だと。

現に改革という名のもとに地方交付税を大幅に削減し、地域に根ざした地場産業や農業を中心とする第1次産業などの補助金を大々的にカットし、年金などを含め

高齢者福祉予算を次々に切り捨てているというのが実感です。

この三悪論の激流に揉まれながら、とりわけ地方の基礎自治体は、財政的な窮余の一策として、様々なネジレ現象のなかで合併という駆け込み寺に走りこもうとしています。

しかし、この三悪を三つの善とする積極的で創造的な新たな自治体をこそ、合併という手段を通じて私どもが自助、互助、公助の合力を発揮して形成すべき時だと思います。

住民の主体性によってのみ、定住の条件は整えられます。その条件とは「安心」が担保されることであり、「健全」が保障されることです。              

政治が不要とも言える勝ち組優先の政策ではなく、「人の和」と「自然との環」をより大切にする悉皆生存の共同体を蘇生し、住民防衛の自治体を再創造すること。

そんな四万十の美しい里づくりへのあゆみを心から期待します。

  (協議会委員 市川 和男)