市川和男のブログ

私の書斎には色々なものがある。

かって三十年ほど携わってきた諸々の計画の下書きや、役職時代の原稿などが、

なぜか捨てがたくてうず高く置かれている。

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2010年01月24日(日)

美しい世界のなかでー生と死の往還3 [遺書的習作試行]

 向こう側感性あるいは思惟について

 わたしは、認識的・思想的・感覚的回路について、欧米におけるもの、殊にフランスやドイツ、イギリスなどの哲学的思想の奥底と、東洋、なかんずく日本中世の平安・鎌倉仏教思想とに、”時差”と”呼応”を同時に感じている。

 V・ジャンケレヴィッチの『死』には、
 ソクラテス、プラトン、ライプニッツ、リルケ、ドストエフスキーなどの、人間の深部への言葉がキラ星のように、論考を煌めかす。

 そのモザイク模様が洋の東西を追わず、時の遠近を問わず立ち現れている。

 わたしは、ロシア正教と日本仏教について、勝手な視座で調べたいと思っているが、特にドスとエクスキーの人間の深部や魂を描写する感性と山崎弁栄の宗教思想的な感性に長らく関心抱き続けて今に至っている。

ドストエフスキーは、イメージでもって考え、感覚によって導かれた作家だと言われいる。

 また、ドストエフスキーが関心をもいって読んでいたスェーデンボルグの『天国と地獄』などの諸作を、これまた、極めてイメージ能力の卓越した画家・詩人ブレイクも関心をとって、その評価と批判をしてる。

 確か岡潔だったと思うがは、弁栄上人は、右脳・イメージ脳によって、本を読み、ものを考え、米粒などに経典の言葉や仏像を描いたと書いていたように思う。

 岡潔もまた、右脳で文章を書き、数学をしたのではないか、とわたしは思う。

 弁栄上人は、仏教でいう四智、そのなかでも大円鏡智に精通されていたという。

「四智について明快な解説をした人は、明治以降では弁栄聖者以外には一人もいないといっていい。弁栄師は『無辺光』という大著の中でこのことを明らかにしている」と、仏教学者の紀野一義氏は書いてる。

 また、ハイデッカーの思想詩のような哲学として、『放下』や『野の道』は、これまで述べてきたものと感応道交する世界に位置しているようだ。


 ところで、そのような視線で次の一文を見ると、どうだろう。

 それは、

「自然を、霊魂を、神を、愛を、知る。それは心で知るのであって、知性によってではありません。

 もしわれわれが霊的な存在であったなら、われわれの魂が思惟(神の思惟)の謎を解こうとして飛びまわる思惟の圏が、そのままわれわれの生活と行動の圏でもあったはずです。

 しかし、塵にもひとしい存在であるわれわれ人間は、その思惟の謎を少しずつ解いていかねばならないのであって、その思惟を一挙にわがものとして抱きしめることはできないのです。

 知性が物質的能力であるのに対し、魂あるいは霊的存在は、心が吹き込んでくれる思惟によって生きているのです。
 思惟は魂の中に現れてくるのです。知性は道具であって、魂の火によって動く機械なのです。

 さらに人間の知性は、知識の領域に没頭してしまうと、感情から離れ、従って心から離れて、それだけで別個に働きます。

 もし、認識の目標が愛と自然になれば、その場合は心の前にひろびろとした視界がひらけてきます。

 兄さんと議論をしようとは思いませんが、詩と哲学に関しては、意見を異にするということは言っておきたいのです。

 哲学は自然を未知数とする単純な数学の問題だなどと考えてはならないのです。
 詩人は霊感にうたれて神を正しくとらえるではありませんか。つまり哲学の役目を果たすわけです。
 すなわち、哲学と詩は同じものであり、単により高次のものなのだというにすぎないのです!」

 これは1838年10月31日、ドストエフスキーが、兄ミハイル宛の手紙の中にある言葉だ。

 これは、その抜粋だが、いまから170年以上も前のこととは思えない。時の壁を突き通すようなスパンの予見的視力である。

 21世紀にあるわたしたちの眼前に迫っている危険な状況を、当時本質的に予見しているのではないか。

 手紙の「知性は道具であって、魂の火によって動く機械なのです。さらに人間の知性は、知識の領域に没頭してしまうと、感情から離れ、従って心から離れて、それだけで別個に働きます」という、ここに端を発し、そこから私たちの現前に、これまでにない人間の深刻な状況が醸し出されてるのではないか。

 ロシアのこのころは、わが国の幕藩体制崩壊の前夜であり、どうもそのあたりの地点からの進路に方向性の過ちがあり、言い換えれば、近代前夜に現代の危機の種子があったのではないか、わたしにはそのように思われる。



 次に

 ドスとエフスキー{4月16日の断章」(1864年)から 

    「向こう側は永遠に楽しむもの」(断章の抜粋)を予定
 
                 (記・20010年1月23日)

Posted by ichikawa at 16時52分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 2 )

2010年01月22日(金)

美しい世界のなかでー生と死の往還A [遺書的習作試行]

 人間の死についての哲学

 死について考える、ということは一体どういうことなのか。
 現代、自爆テロを含め、社会的経済的家庭的孤独感などからの、自殺者の数は年々増え続けている。
 彼らは死を決行するが、果たして死について問うことがあるのだろうか。
 病死については、事情が異なるだろう。
 が、その場合でも死を問うことは、生を問うことであろう。
 病、老、死については釈尊以来仏教の永遠の主題であり、常にそのことについて教え諭してきた課題である。
 が、死の虚無的事実をほんとうに正視することのできる人がどれだけ居るのだろうか。

 「死は生の越経験的な裏側、深みだ。生という表側の神秘な秘教的裏側はだれもかつて直接見たことはない。
 しかし、時の始源からわれわれの視力には隠されたままの月の向こう側をかいま見るように、ときには間接的にこれをかいま見ることもおそらくはあるのだ。」

 これは、V.ジャンケレヴィッチ『死』にある一節だ。

  1978年2月、「訳者あとがき」で中沢紀雄氏は、この本について森有正の書いた1978年3月三十日の手記を引用している。

 そのなかに
 「昨日、ウラジミル・ジャンケレヴィッチの『死』を読み始めた。一挙に私は、密度が高く胸の高鳴る文章に熱中し、魅了された。(中略)
 <経験>の単独性は、死の事実によって否みがたく実証される。それは経験の最も鋭い特徴ではないか。
          (中略)
 読書がそれほどまでに私を熱中させることはめったにない。
 つまるところ、死がもたらすものは価値的変容なのだ。パスカルはそれについてすでに書いている」
と、書かれている。

 わたしも、実に一気に引き込まれてしまった。
 それは確かに死という主題をもって奏でる交響曲であり、死という絶対性への多面的角度から立体的に構成された交響詩のようだ。

 ところで、「ときには間接的にこれをかいま見ることも」あるという死とは、ジャンケレヴィッチによれば、

 例えば

 「死は、近くで見ても、死自体についてはわれわれに文字通り何も教えない。近くからでも、遠くから以上によく知れるというものではない。
 だが、ドストエフスキーのように、死にそうになった人−−しかし、ただ死にそうになっただけであって、最後の一分の最後の一秒で途方もない岸辺から奇跡的に逃れた人間の極度に常軌を逸した経験を思い浮かべよう。
 人も言うように、その男は遠くから戻ってくる。その男は死をほとんど眼の片隅に捉えたのだ。あるいは、むしろ、その男はまったく何も見なかった。知るということばの文法上の意味から言えば、その男は何も知らない」

と述べている。

 向こう側感覚を持っていた人物。

 たとえば、近くはこのドストエフスキー、そしてブレイクや宮沢賢治たち。
 遠く遡れば、釈尊、ソクラテス、真言密教の空海、密厳浄土の覚鑁、『往生要集』を書いた源信、その浄土教の流れには、法然、親鸞、禅宗の道元、それらが合流したような存在の良寛、禅浄双修の世界、さらに近代には山崎弁栄という特別な存在を、わたしは思う。

 いわば、この人たちの、「向こう側感覚」を基軸にしたその認識力に基づく思想は、すでにパスカルのように、”完全に厚い”壁の向こう側へ到達しているのではないのか。

 それらの地点に立てば、それは死という越経験的なものに、もしかして有効なのではないか。だが、やはり無効に等しいのか。

 ジャンケレヴィッチは

 「ベルクソンが虚無について語り、スピノザが悪について言ったことを、内在的死について繰り返して言う必要があろう。 
 生に住みついていると、リルケが主張した”住みつきの死”は、沈黙がことばではないのと同様に、原理ではない。
         (中略)
 文字通り下(スー・ジャサント)にある死の神話的幻影は、此岸の死の思惟が空虚な思惟であるからには、此岸の死の哲学に一つの内容を与えることはけっしてない。
 空に向かって叫ぶマルテの死、それは生ではないだろうか。
 生のなかの死は、したがって幻影だ。
 存在の充全性はつねに完全に厚く、肯定であって、けっして希薄化しない。
 ところが、この虚無が思考不可能であるという口実の下に、死の虚無について思索する権利をみずからに拒絶することは、一般に哲学的思惟の妥当性に異議を唱えることだ」

 そのジャンケレヴィッチはこうも書いている。

「二元論がわれわれの希望に提示する後生は、ほんとうにまったく別の秩序なのだろうか。
 魂だけの、このまったく別の秩序は、実はそれほど別のものではない。
           (中略)
 どこ、どのように、いくら、という経験界の課程に有効な質問は、越経験的な絶滅が問題のときには、知性にはまったく意味を失うことをわれわれは確認した。
           (中略)
 もし魂が死後どこえも行かないならば、ほんとうを言えば、生の間、どこにもいなかったからだ。
 包含するものと包含されるものとの関係を記す《内在する》(エンエイナイ)は、ここでは意味がない。
 ベルグソンは、回想は大脳の中の容器の中に置かれているようには置かれていないことを示した。フォレ・フレミエは、回想が時の内部にさえ《保存され》ていないと付け加える。
 大脳は映像の倉庫ではなく、時は回想の保存所ではない。
 もっと一般的には、魂はそれが生気を与える身体のこと、あるいはそこに位置づけられるものではなく、また、死は生きた生体のどこか隠れた隅に文字通りうずくまっているのでもない。われわれはすでにこのような隠喩的表現を放棄した。
 同じことになるが、魂は同時に内と外にあり、いたるところにあってどこにもなく、肉体としての現存に魅力のように内在し、現存して同時に不在だ」

         −−−         

 わたしは、このことばに触れながらしきりに思う。

 その一つは,禅僧一休だ。一休の詠んだものといわれる句

    いましんだ どこえもいかぬ ここにおる

          たずねはするな ものはいわぬぞ


 もう一つは、梅原猛氏の、死と魂について書かれていたことが想起されてくることだ。

 ともに異質なものであり、次元差もあるが、しかし、これらの魂の奥深くに内包されたもの、そこにどこか通い合う思いの波長をわたしは受けるのである。

 ジャンケレヴィッチの考察の卓抜さと梅馬哲学の東洋思想に裏打ちされた深さ、一休の瀟洒な狂雲に宿る哲人的パッション、それらが、きわめて凡庸なわたしの裡でも何か交感しあっているようである。


「この世の生の間は、一方的に共生された無償の共生、そして、この世の生の後では、放浪する後生か、転身か。
 混合体の組織上の必然性、共生の不可分の性格を考慮するとき、すべては変わる。
 魂自体が、この共生によってにみ魂なのだ。
 というのは、共生の外で宙に浮いていた魂は苦しんでいる魂なのだから。共生を語ることさえできるだろうか。
 ”共”にあることは、それなくしてあることの可能性を意味する。           (中略)
 死は混合体を襲ったあと、床の上に魂のない肉体を置き去るのであってみれば、人は肉体のない魂の存続を結論する。
 (そこに見える)魂のない肉体と(見えない)肉体のない魂とは、二つの平行した運命を辿るべきであろう。
 実際には、魂のない肉体が見えると言うことができるだろうか。
 見えているものは、はたして、一つの肉体なのだろうか。
 いや、見えているものはまったくなんでもないものなのだ。というのは、遺骸は肉体ではないのだから。
           (中略)
 なぜ虚無化の奇跡がわれわれをそれほど驚かすのだろう。
 なぜわれわれは魂と肉体が分離せずに消滅すると認めないのだろう。
 なぜある日始まったものが終わってはならないのだろう。
           (中略)
 誕生は死と同様に超自然的な神秘だ。この点に関しては、告白する必要があろう。
 人一人の奇跡的昇進とまったく別の次元への転移、そして、考えることもできないまったく別の秩序への移行は、魂と肉体をもった存在があらかじめ絶滅すると想定しても無駄だ。
 絶滅のない魂の後生と同じ程度に明白なことだから。
 魂−肉体の理解を超えた無化が一つの事実であり、理解不可能な事実 だとすれば、その無化をこんどは無とし、その否定を否定し、その死を殺す無と化した存在の復興が、なぜ可能ではないだろうか。
         (中略)
 虚無の絶滅は、連続の解消のない過去の存続以上に理解するのに難しいものでもないのだから。
 この場合、回想ではなくて一人の人の全体が問題だ、と人は言おう。
 こうして、われわれはおとぎ話の世界のまっただ中に置かれる。
 だが、ここまで来てみれば、奇跡が一つ多かろうが少なかろうが問題ではない。−−」

 ジャンケレヴィッチの言葉は、まだまだ華麗に、かつ端的に、さらに、鋭く直感的に感応しながら続くのだ。

 『死』というこの書籍は、インターネット検索で見る限り、古書店にも今は見あたらないが、実にスリリングな切り口で、死について分け入るように語りかけてくる書だ。

 聞こえる言葉は、詩的哲学の音色だ。
 展開されるのは鋭い発想と透明度の高い発見の魅力だ。
 延々として興味深い味わいは、読むものを思わずその虜にする。


 だが、実はここで、わたしは、法然の「死は万人におとずれる癒しである」と説いた立場の鮮やかさを思う。

 この一言に込められた法然の卓越した考察力、死の壁を突き通すような洞察の深い視力に改めて感嘆する。

 ただ、それでもジャンケレヴィッチ風に言えば、その癒しは、在世にあるものにとっての予感的な癒しではないのか。

 それとも、「向こう側」(彼岸)そのものが癒しの世界であるというのか。

 そうはいっても、それは、もともとどちらであってもいいことだ、と思う。

 法華経、華厳経、無量寿経のなかで説かれ来たった教え。

 その流れに沿って独自性を生み出していった平安・鎌倉仏教。
  
 日本の思想的風土を構築した時代に包括されているのは、言うまでもなく真言密教、禅宗、特に曹洞宗、浄土教などだ。
 
 その宗教的巨人たちの群像。

 日本の郷里のような、その源泉は枯れることなく、いまも、そこから湧き出ている様々な思いや、感性の世界が、この国の精神風土の底流に流れ続けている、とそう思いたい。

 そこに包蔵されているものは細々とながらも近現代に至るまで、連綿と語り継がれている。

 今という危機きわまる崖の端に立っている時代は、鎌倉時代と重なる混迷と混乱の世を思わせる。
 
 近代化の果てに人間の歴史が分断され、断片化した現代、わたしたちは日本の精神的郷里から、再び出直すべきときに置かれているのではないか、と、そうしきりに思う。


   2010年1月17日草     宇久(市川 和男)


 

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2010年01月20日(水)

美しい世界のなかで−生と死の往還@  [遺書的習作試行]

生と死の往還する世界のなかで¥章

 言葉の骨董探し  

 わたしは、いま言葉の骨董弄りに没頭している。古典や仏典からの落ち葉拾いのようなものだ。
 これまでの日々なか、自分の魅せられた言葉探しの逍遥、とでも言えようか。

 骨董と言えば、ここに当てはまるわけではないが、おもしろい文章が目についた。

「ジイちゃんの眼は、あらゆる場合に光っており、次から次へと面白い発見をしたが、何といっても古い美術品には、しっかりした美しい形があり、それをわが物にすることによって、人生の糧としたのであろう。
 物を食べるように骨董を買い、骨肉化した人間が、単なる蒐集家や美学者になれる筈はない。世にいう鑑賞陶器とはちがって、どんなに高いものでも身近において使いこなし、生活の味がつくのを楽しみにしていた」

 白州正子著『遊鬼』のなかにある「何者でもない人生 青山次郎」の一節だ。

 そこに青山次郎自身の話し言葉が載っている。たとえば、

 「ほら、コップでもピンと音がするだろう。叩けば音が出るものが、文章なんだ。人間だって同じことだ。音がしないような奴を、俺は信用せん」

 「自分は日本の文化を生きている」

 白州正子は書いている。

青山次郎の文章、

 「それは隅から隅まで醒めた文章で、よけいなものの一つもない、骨だけ見せたような文体であった。その範囲において申し分なかったが、文章も生きものであることを、ジイちゃんは忘れていた。読者とともに呼吸をし、同じリズムで歩んで行くことを、無視したように思われる。いや、そんな分かりきったことを知らなかった筈はない。知りすぎていたために、分かりきった言葉を抹殺し、人に快感を与えるリズムや形容詞を拒絶したのである。
 結果として、世間に通用しない作品となり、私の記憶では創元社から五百部出版した『眼の引っ越し』は、贈呈本のほか殆ど売れずに終わった。生まれつき才能がなかったと言ってしまえばそれまでだが、ここでも物が見えすぎることの辛さを、ジイちゃんは苦い思いで噛みしめていたに違いない」

 また二郎の絵について、

 「彼が好んだのは、主として風景画で、一枚一枚の葉にも心を込めて描いた。それは抽象画ではなかったが、自然にはあり得ない景色であり、またどこかで見たことのあるような、将来見るかも知れないといったような、不思議に予感めいたものを感じさせた」

と正子は書いている。

 「ジイちゃんは三年この方、寝たきりの病人になっていたが、私はお見舞いに行かなかった。訃報を聞いたのは、熊野の山奥へ取材に行っていた時で、何故か私はほっとした。これは自分でも不思議であり、申しわけないことに思ったが、今でもほっとしていることに変わりはない。 彼は晩年、親の遺産を継いで金持ちになり、暮らしには困らなくなっていたが、その生活はストイックなものであり、それも遊びと放浪に徹し切ったストイシズムであってみれば、もはや見るのが辛かった。」

とある。青山二郎は七十七歳でなくなった。

 青山や小林秀雄らに可愛がられ、その才能を伸ばし育った白州正子は、昭和五十五年の『暮らしの手帳』春号で、彼女ならではの追悼の文を書き残した。

 これを引用しながら、わたしの思ったこと、

 その一つは、精神力の強い時代であった当時の「狂」と「異」である。

 二つには、わたしも、【和男のブログ】などのように、自分が納得するためにしか、ひとには通用にないような文章しか書けないこと。

三つには、「人間の死」という事柄だ。 
 

Posted by ichikawa at 18時05分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2010年01月19日(火)

地球時代の地域主義考D [時評]

 そもそも地域主義の原点は、水土の思想にある筈だ。
 生命系としての水と土との不可分な相関関係を機軸に近代化のもたらせた産業構造を見直し洗い直すところにこそ、地域主義の現代的な重要さがあり、マネー資本主義が招いた世界的経済危機、景気混乱を回避する道が開けるものと思う。

 土地とは土地とその上の生物を指すと、名著『小さいことは美しい』の著者シューマッハーはいっている。その土地が水と結びつくことによって生産活動が行われるのが、生きている地域なのだ。 

 いまなぜ地域主義か、それは近代化に付随した危機の回避、一極集中、市場経済至上主義的なこれはでの方向を転換する、バランス回復の座標軸の不可欠な必要性のゆえではないのか。地域でできることは地域でというのは、地域分権の方法の一端に過ぎない。
 生命共同体としての地域を、国家戦略的に再生することが基本に据えられなくてはならない。
そこから具体的な政策が新たに展開されてこそ、その意義を発揮できよう。

 地域主義の役割は、崖っ縁におかれている状況の中から、地球時代の生命系を守り育てることである。
そこでの第一産業は、「生きている自然」という場での生産活動が持続可能な、共生の21世紀的産業の典型たり得るものだ。

 地域主義の対極にあるのが、新自由主義的構造改革である。それが現在の問題としての、格差・貧困、経済危機・不況、財政危機をもたらせた。神戸大学の二宮厚美教授は、この難題解決の糸口は、「垂直的所得再分配の再構築による内需拡大」にあるという。(2010年1月11日 高知新聞 時・人・言)

その垂直的所得再分配とは、富裕な上層から資金を吸い上げて貧困な下層の所得にまわすことだと書かれている。そして、鳩山政権は、新自由主義構造改革路線に足場を置く下半身と福祉国家志向の上半身との両面があり、そのねじれを指摘している。「人のいのちを大切にし、国民の生活を守る政治が、この内閣の上半身である。この上半身部分が下半身を抑え込んでいない。
 その結果、「人間のための経済」で「市場の経済」を払拭できていない、と警告されていた。

 いま政治とカネや米軍基地の問題が、政局を揺るがせてはいるが、し
かし、短期的なスパンで揺るがされているのは世論調査であり、いまの政権をチェンジした時の流れは止まらないだろう、とわたしは思う。
 時の流れは新たな「平衡の世界」を求めているからだ。

 このところ期待半分、不安半分と言われている政府の「地域主義戦略会議」の船出にあたり、現在、足を引っ張ることだけに懸命な混迷の国会や政局おもしろばなし的な番組の軽薄さを世にさらすマスメディアなどに振り回されず、大胆にジャンプする再出発をしてほしいものだ。

 その再出発に際して、わたしは、何度でも繰り返し、今の世に訴えたい。それは、かつて玉野井芳郎氏が問いかけた『生命系のエコノミー』という本に書かれている次の一文である。
「農・林・牧畜・漁業の活動は、どれもみな“生きている”ものにかかわる人間の活動であり、そしてそれは取りも直さず人間の生命を維持・更新する産業活動にほかならない。その点で、他の諸産業と根本的に区別される。
 かくてわれわれは、エコロジーまたはエコシステムを踏まえながら、生きている系を社会システムの根底におくことによって、非生命系のフィクションの世界に生命系の人間世界を対置させることが可能となるのである」

 玉野井博士は、すでにお亡くなりになって久しい。だが、現世代がクライシスのまっただ中に置かれているとき、この視座の何と予見的なことか。
 この視線に映ずる回路こそ、私たちのこれから歩むべき方向性を正確に指し示している。
 常々そうわたしは確信している。

 ともあれ現代日本の悲劇は、日本の風土・伝統、歴史からの切断にある。
 また、世界的な現象として、断片化が生じさせた全体性や包括性の喪失が、人々を歪化してしまっている。
 この不毛な精神地帯には、精神力の強い「異質」や「風狂」は育たない。すべてが一般化して画一的・平準的な存在になっている。
 象徴的なのは一歩遅れの政界である。
 そこには、哲人統治も徳治もすでに遠い過去になってしまっている。
 まるで展望なき、行き先不明の列車の中だ。
 われわれはどこに居るのか、どこに行くのか、不安のまま多くの人々は神経をすり減らし、追われるようにセカセカ動きまわるだけの状況が現在である。
「異」たり得る「狂」なるものが姿を消した精神の空白地帯。それを克服できる政治、経済のしもべから脱出した新しい世紀の政治が創造されなくてはならない、わたしは切実にそう思っている。



Posted by ichikawa at 15時25分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2010年01月01日(金)

地球時代の地域主義考C [時評]

「地域主義とは、地域を切り捨てることによって中央に肥大化した明治以降の泰一国家像を解体し、リージョナルな”くに”とナショナルな国との接合をはかるひとつの社会的実験を含んでいる。それは、近代社会に学びながら、近代の限界を乗り越えるという展望も持つものといってよい」
 このように1982年、すでに玉野井芳郎博士は書いている。氏は経済理論、経済史専攻の東大名誉教授であった。その著書『地域主義の思想』は日本の地域主義の元祖たる著作である。

 ”それは宇宙船とちがって、わが地球は生きている。”という発想のもとに論理構成がなされていて、たとえば次な一文がある。

「われわれ人間の生命にとって、水と土は不可欠である。水と土を根本的に再認識して、”生きている系”を大切にするということは、とりもなおさず、現代の産業構造にかんする従来の見方を問い直すことになる。
 十九世紀以降の近代社会は、非生命系の第二次産業が出発点となって、第一次産業を人口と所得の面で縮小させる形で、工業化をつくりだしてきた。一次→未二次→三次の発達の順が”経済進化”のパターンだといわれてきた。しかし、これは実は第二次産業という工業の原理を産業全般へと一般化する図式にほかならない。
 いわゆる知識集約化という名で、第三次産業の拡大を説く”脱工業化”論も、この図式の延長線上の亜種にすぎない。
 このような従来の通説が持つ根本的な欠陥は第一次産業の意義を完全に欠落させていることにある。
 農・林・牧畜・漁業の活動は、どれもみな”生きている”ものにかかわる人間の活動であり、そしてそれは取りも直さず人間の生命を維持・更新する産業活動にほかならない。その点で諸産業と根本的に区別される。
 かくしてわれわれは、エコロジーまたはエコシステムを踏まえながら、生きている系を社会システムの根底におくことによって、非生命系のフィクションの世界に生命系の人間世界を対置させることが可能となるのである」

 この玉野井先生の言葉を、よく噛みしめることが今ほど必要なことはこれまでにない。
 まさに確かな先見に満ちた警告と提言の書である。
 当時は画期的な指摘であり、二十一世紀初頭の今、なんとその思想は予見的である。
 これまでの謝った道を引き返すべき時に氏の発想は生き返ってくる。

 我が国が、政権交代期にさしかかった現在、与党となった民主党党首である鳩山総理は、政治運営の理念に地域主義を標榜しているが、前述の玉野井博士の思想を、今一度再確認して、水土の思想の原点に立ち返り、第一次産業を生命系産業として再生する政策を目指して大胆に立ち向かってほしい。

 さらに、地球温暖化の到来する時代にあったて、鳩山総理が国際公約した方向性を実現するには、全世界の産業構造を生命系システムの産業構造に転換しなくてはならない。
 それには前代未聞の難事が待ちかまえているだろう。しかし、拝金思想・金融資本主義の壁を突き破らなくては、それは具現化しないことも揺るがしがたい事実なのである。

 それは単なる政権交代といった次元の話ではない。そこには、現行制度上の政党レベルを遙かに超えた人類史的転換を貫徹することが不可欠なのである。

 世界的経済不況の渦中で、日本はデフレの加圧に押しつぶされる寸前の様相だ。

 世界的に注目され、識者が関心を向けている『帝国以後』そして『デモクラシー以後』の著者である人類学者エマニュエル・ドット氏は、米ソの二大大国の崩壊を予言した人物だといわれている。

 その彼は、協調的「保護主義」を提唱する。世界経済と民主主義を阻害するのは「自由貿易」というドグマだという。

 氏は、アングロ・サクソン型の個人主義的な資本主義を規範とするグローバリズムを批判して、金融に過剰依存したアメリカ経済の脆弱さを祖適した。

『デモクラシー以後』の第一章は「この空虚は宗教的な空虚である」であり、そのなかに、最も重要なのは宗教的解体、との節がある。

 結論の章は「保護主義、ヨーロッパ民主主義の最後のチャンス」となっている。

 ”イデオロギーなき政治が展開されるようになったときに起きたのは、個人的な能力の誇示、いわゆるナルシス化と個人の孤立化、アトム化だった。”
 トッドは、フランスの格差拡大に関心をもって、サルコジ局面から、そのように言う。

 さて、このことはそっくりそのまま日本の政治状況でもいえることだ。小泉局面でも、またその後政権でも同様に当てはまる。
 その轍を踏んでならない。

 新たな年が明けた。

 困難と同居してこそ鋭い展望の扉は開く。

  



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2009年12月10日(木)

地球時代の地域主義考B [時評]

 政権交代後、蜜月期間といわれる三ヶ月が過ぎた。

 だが、与野党の各政党には、いまだに戸惑いや思い違いなども見られる。
 本格的な政権の交代という新しい状況が飲み込めず未体験の所為であろうか。

 政権交代の節目に掲げた理念は、国の内外に一定の高い評価を得た。

 初の外交では、温室ガス25パーセント削減という思い切った目標を掲げて地球温暖化防止への鳩山イニシアティブを先ず発揮した。さらにオバマ大統領の「核なき世界の実現」という世界に向けた宣言にいち早く支持を表明し、日本の非核平和外交の方向性を示した。
 そのベクトルを現実政治の場で如何に展開するのか、今まさに正念場である。
 それらは国民の一人として、待ちかねていた方針であり惜しみなく支援をしたい。

 一方、内政的には、克服しなくてはならない課題が山積している。
 当面は例の三K問題、基地・景気・献金の問題だ。それらには限界があっても相対的即時的に対処することが肝要だ。国民の抱く不安や苛立ちも見受けられる。
 そうではあっても、惰性的な現実から大きくジャンプして高い理念や崇高な目標を実現するには、飛び幅が大きければ大きいだけ、特に時塾の要するものだ。
 ともかく今は、明日への展望とそれに向かう具現化への階梯が明確に提示されなくてはならない時である。

 ところで、果たしてわが国に政権交代という土壌は育っているのだろうか。
国会の論議やコマーシャルなブラウン管に映ずる政治談義を聞くにつれ、そう思う。

 御厨 貴 東大先端科学技術研究センター教授は「そもそも、二大政党制はまだ始まっていない」という。
 氏は、「これから後は、この民主党という、一皮むけばこれまたいろいろなものを抱えている政権をじっくり見ていかなければいけない。四年はやるだろうと言われていますが、四年やるのは当然で、四年の間にもし好期がありば解散するでしようし、四年任期満了後に選挙でもいい。
 民主党が一つの政権党におさまって、次なる政党との二大政党に進んでいくことを前提にするならば、鳩山さんがずっとやるかは別として、民主党政権は、とりあえず四年では終わらないんですよ。
 イギリスなどを見てのそうですが、一つの政権は大体六年とか八年とか続きます。それで初めて一つの体制ができて、他方その間に野党はそれを倒す態勢を確立し、新しい政権党を目指す。その時間の長さの中でゆっくり変わっていくのが二大政党制であって、二年とか三年といった単位で頻繁に政権党が変わっていたら、戦前の日本のようになってしまって、政党のシステム自体が崩壊の危機に立たされます。
恐らく、戦前の政友会と民政党の政権交代を二大政党による政権交代と言ったこと自体が今になっては間違いだったと私は思います。(中略)
今回の選挙は、そういう意味での二大政党制への可能性が開かれたにしぎないのではないかというのが私の見通しです。」
御厨教授はこのように語っている。

 この見方・考え方に立つと、今回の行政刷新会議の事業仕分けについても、段階的継続的に、かつ中長期的に、さらに根本的に突っ込んだ国民的議論の展開が必要不可欠だと思う。
 わたしはかつて民主党政権がスタートして間もなく、時代の「新しいページに何が書かれるか」を新聞やブログで問いかけたことであった。
 そして、そのページに、市場主義経済後、新自由主義後の展望と、その階梯が、時代に描かれることを期待して述べた。

 その線上で、さらに書いてみたいと思っている。


 

Posted by ichikawa at 15時25分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 2 )

2009年12月08日(火)

地球時代の地域主義A [時評]

  アメリカのジャーナリストであり、ドキュメント映画監督であり、またテレビプロデユーサー・ディレクター、そして政治活動家でもある反骨のマイケル・ムーア氏。

 その彼の、2004年公開されカンヌ国際映画祭の最高賞パルム・ドールを受賞した「華氏911」。

 これは9.11の同時多発テロの日付をとったブッシュ批判の記録映画作品である。
 華氏はアメリカの温度表示で、日本の摂氏に相当する。
 つまり、これは民主主義の燃え尽きてしまう摂氏911という温度を示すタイトルというわけだ。

 この2009年には世界金融恐慌を取り上げている『キャピタりズム〜マネーは踊る』(「資本主義」)を集大成として、以後ドキュメント映画は作らないとのことだ。

 当のマイケル・ムーア氏は、現代は”命より金”を大事にしているのが問題だという。

 その金は約1パーセントの人に集中していて、99パーセントの人は困窮している。富の偏在は民主主義の崩壊をもたらせつづける。
 昨年以降、世界を混乱させた金融危機の元凶は、「資本主義」だとマイケル・ムーア氏は断言する。

 氏は民主主義を崩壊させている金融資本主義にへの痛烈な批判、それと同時に、本来の民主主義への熱烈な思いと現代資本主義への鋭い警告の表現者である。

 

 

Posted by ichikawa at 20時03分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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