2010年07月04日(日)
「黙示録」−考4 [遺書的習作試行]
第五章
このところ入退院を繰りかえして来た。
そんな時の流れのなかで、来し方に重なる我が身を振り返る。
新しくもう一歩、さらに深く考えたいと思うことしきりだ。
今は、帰宅してから一段落といったところである。
ともあれ「黙示録」は重い。
手許にある『シュタイナー用語事典』(2002年初版第一刷発行)や『星と人間』(2008年新装版第一刷)その他をあらためて訪ねている。
そこにある関連した項目の概略について,である。
シュタイナーの人智学的視座による文化期史観では、次のようになる。
七つの化期、すなわち
1,インド文化期
2,ペルシャ文化期、
3,エジプトーカルデア文化期、
4、ギリシャーラテン文化期
、
5,ゲルマン文化期ーーー火星
6,スラブ文化期、
7,アメリカ文化期
各文化きに影響を与える星
第一文化期 ーーー月
第二文化期 ーーー水星
第三文化き ーーー金星
第四文化期 ーーー太陽
第五文化期 ーーー火星
繰り返されるもの
第六文化期ーーーエジプトーカルデア文化期
第七文化期ーーーペルシャ文化期
「アトランティス大陸から北欧を通ってインドに向かった北方ルートの人々は、まなざしを感覚界と、その背後にいる神々に向けた。
アトランティス大陸から南スペイン通ってアジアに向かった南方ルートの人々は、心魂のいとなみを通して下方の神々を探求した。
インド文化期・ペルシャ文化期・エジプトーカルデア文化期は、純粋に人間的な見方をするギリシャーラテン文化期の準備であり、第五文化期・第六文化期・第七文化期には、霊視的文化が復興する」(「シュタイナー用語事典」中”ポスト・アトランティス時代”)
さて、七通の手紙には、それぞれの性格が示され、
人の子が持つ七つの星は、この、各文化期の最高の霊的指導者を指している、という。
要するに
7通の手紙は、物質界に属するものである。
そして七つの封印は、心魂界に属するもの。
七つのラッパは、精神界に属するもので、
七つの怒りの鉢は、最高の精神界に到る人間が捨て去らねばならないものを表している、とされる。
七つの封印における、
第一の封印は、インド文化期の体験を通して、万人に対する万人の
戦いの後の最初の時期に、物質に打ち勝つ者を示している。
第二の封印にはペルシャ文化期の体験を通して、人類の上昇にとって
無価値なものを滅する剣を持つ者が描かれている。
第三の封印には、エジプトーカルデア文化期の体験を通して、公平に
測ることから得られる実りが秤で示されている。
第四の封印には、キリストの呼びかけを聞かずに悪の人種に落ちたも
のが落下するのが、知性の象徴である4匹(頭)の馬で表わされてい
る。
第五の封印では、知性が精神化され、永遠の生命を得た心魂が白い衣
で現れてくる。
第六の封印では、人間を構築した太陽と月の霊的な力が現れる。
第七の封印は、第6根幹時代。
七つのラッパは第七根幹時代表している。
そして七つの怒りの鉢は、地球進化の終わりに投げ捨てられるものであると いう。
また、「七つの神の霊」は、物質的身体・エーテル体・アストラ体・
個我・精神的自己・生命的精神・精神的人間。
「七つの星」は。土星進化期・太陽進化期・月進化期・地球進化期・木製進化期・金星進化期・ウルカルヌス星進化期。
ウルカヌス星は、「地球の第受肉状態。個我が完成し、物資的身体
が精神的人間に変化して、人間は、インティション意識を獲得する」
七惑星の封印
《宇宙が七つの変容を遂げていき、その中で人間が進化していくというう世界観》がシュタイナー思想である。
そのことを象徴するゲーテアヌス大ドームの柱頭は、シュタイナーが自ら精神科学と位置づけた人智学の創造に的源泉に形をあたえるもののひとつの姿として、据えられている。
そこにシュタイナー思想の根幹を成す七本の柱である最後に第七柱頭金星柱がある。
以上、人智学的視座から、自分流に「ヨハネ黙示録」を鳥瞰してきたが、新約聖書の最後におかれた御言葉は、具象的で象徴的であり、インティション意識が奔流のように流れている。
だが、わたしには、ブレイクと華厳経の相互に通い合う回路があったように、ここに、シュタイナーが見た黙示の世界と、ブレイクが見た華厳の世界の心魂の交流を思うのである。
それは人間精神の美しい到達点であり、何よりも、深くて高いものに思われてならないのだ。
Posted by ichikawa at 16時15分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2010年06月13日(日)
「黙示録」考ー3 [遺書的習作試行]
第4章
シュタイナーの「黙示録」観
宇宙の構造を、シュタイナーは、
物質界=地上
心魂界=霊界
精神界=天国
の三つに分類する。
心魂界(霊界)はアストラル界ともいう。
アストラル、睡眠中、星(アストラ)の世界に赴いて力を吸収するのでアストラル体という。人間の思いの担い手である心のこと。
宇宙の構造では
月天・水星天:木星天・金星天・太陽天が心魂界(霊界)に、
火星天・木星天・土星天・恒星天が精神界(天国)に、それぞれ相当する。
「ヨハネ黙示録には、キリスト教のもっとも深い真理が込められているのです。キリスト教の秘儀の大部分が黙示録のなかに含まれており、私たちが秘儀的キリスト教と呼ぶものの、もっとも深い部分が黙示録のなかに含まれているのです。
キリスト教の出発点において告げられた高次の霊的真理が、ヨハネ黙示録のなかに含まれています。ヨハネ黙示録という一冊のなかに、可能な限りの霊的真理が込められているのです。
古代の密儀から、彼は黙示録を受け取ったのです。黙示録は人類の原初の神聖な書物であり、ーー彼はキリストの真の姿を告げるために、遺言のようにこの本を人類に贈ったのです。
キリストがやってきて、開悟した意識を持った者たちがキリストを理解できるまで、彼はとどまらねばなりません。
彼はゴルゴダの秘蹟についての偉大な導師です。彼はゴルゴダの秘蹟を真に理解するための手段を人類に与えたのです。
黙示録の解明に注意を向けたことによって、歩めはじめた道を進んでいくと、次第に精神生活の深みへといたります」
このキリスト教的修業、意思の秘儀参入の内容は、インドやペルシャなどの密儀で、口伝で伝えられたものという。
「黙示録」に描かれる主題は、
七通の手紙、
七通の封印、
七つのラッパ、
最初の愛、
第一の死、
第二の死、
七つの神の霊、
七つの頭と十本の角の獣、
四つの根幹時代、
四つの文化期
新エルサレム
などである。
次章(第五章)
その、それぞれについて、概略を総括的にピックアップしてみたいと思っている。
Posted by ichikawa at 19時33分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
「黙示録」考ー2 [遺書的習作試行]
第三章
黙示への前奏曲
シュタイナーの黙示録観に入る前に、黙示の概観についての序曲的な道案内を記しておきたい。
わたしの使い古した、平凡社『哲学事典』(昭和62年2月初版第8刷り発行)の「黙示文学」の項によると、つぎのようにある。
「啓示文学ともいう。後期ユダヤ教の200−100B、Cと初期キリスト教の50−−350の時期に成立した著作。
戦禍や迫害など民族的(のちに教会の)苦難のうちに書かれたものが多く、あおの内容は、メシアの王国の到来による栄光の御代、審判、義なる者の救済の描写であって、その起こる天地の異象が、イスラエル、ペルシャ、などの神話的、宇宙論的伝承にもとづいてえがかれてい。
これらのことが選ばれた人の(ユダヤ教のものであは古代の族長)に幻や天使の告知による神の啓示として示されるという形式をとり、匿名の著作であるが、一人称で神の警告を伝える予言書の形式から、しだいに発展してきたものである。
旧約聖書中のダニエル書、新約聖書中のヨハネ黙示録、同外典中のペテロ黙示録はその代表的なもの。」
ところでここで少し角度を変えてみる。
ご存じ十津川警部シリーズで親しまれている推理小説作家西村京太郎
の小説『黙示録』。
そこには彼の見た「黙示録」についてその概要をつぎのように簡明に記している。
黙示録は正確にはヨハネ黙示録で、聖書の最後になっていいる。
黙示とは、簡単に言えば予言ということだろう。
十津川は、何度か読み返して、聖書全体が予言の書だと思った。
旧約聖書は、キリストの誕生を預言し、新約聖書は、十字架にかけられたキリストの復活を予言している。
最後につけられヨハネ黙示録は、その綜括といっていいだろう。
そして黙示録の最後には、大いなる都バビロンが、予言の如く滅び去り、神の国が現出すること、この予言は、神の言葉であるから信ぜよと書かれている。
栄華の都バビロンが滅び去ったのは歴史的事実だから、全てを、一つの歴史として見るもの一つの解釈だろう。
第二の解釈は、人類全体に対する警告と受け取る方法である。物資と文明に毒された人類は、いつか最後の審判の日を迎えるだろう。その時に備えよという警告である。
第三は、一人一人の魂の書としての受け取り方である。それなら、人類が生きている限り、ここに示された黙示は、永遠の予言になるだろう。
どの解釈が、正しいかは、もちろん、十津川にはわからなし、今の彼には興味のないことだった。
西村京太郎は、推理小説『黙示録』において、十津川に、このように語らせ、物語を展開する。
それは、”底なし沼のような深淵の時代に生きる青年たちが、落ち込みも悶え苦しむなかで夢見る現代の狂気”を描き出すといおう黙示の復活を思わせるステージの近未来ミステリーだ。
Posted by ichikawa at 19時33分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
「黙示録」考 [遺書的習作試行]
第一章
「ヨハネ黙示録」は、新約聖書の巻末に置かれていて、キリスト再臨による最後の審判と神の国の成就について語られている。
それは、貴重で重要な主題であり、また、キリスト教美術への影響も絶大だ。
わたしは独り勝手に思う。
それは、天が人間に授けた「向こう側」感覚の象徴的結晶体ともいえるのではないかと。
ドストエフスキーは「人間は多様から、”総合”へ向かう」という。
全存在の完全なる総合は、神である。
「人間はすべてが死んで無くなるのではない」
京都清水寺に巨大な鰯の、天に向かう大群を、生の黄金の響きをもって見事に描いた中島潔は、先日のNHKの「クローズアップ現代」のなかで、そのように言っていた。
そして
「その人は亡くなってもその人の心ははっきり残っている。その心は子ども孫や、人々の中に深くしみ込んでいきている。ここに描いた命の光が、お母さんにとどけばいい」
そんなふうに、涙に光る眼差しで一語一語低く静かに語っていた。
わたしは、アメリカの哲学者 レオ・バスカーリアの生涯でただ一冊『『葉っぱフレディ』を連想した。
「ぼくは一本の木であり バーバラはこの十年間かけがいのない葉っぱでした」という作者からのメッセージで始まる絵本だ。
このすばらしい絵本の最後の言葉は
いのちは、土や根や木の中の
目には見えないところで
新しい葉っぱを生み出そうと
準備をしています。
大自然の設計図は
寸分の狂いもなくいのちを
変化させつづけているのです。
ともこれらは、生と死の交点、またはいのちの旅、
さらに大きな輪廻転生を、深く描きだし、そっと静かに語りかけている。
第二章
語られる言葉を拾う
ヨハネ『黙示録』第1章は
「イエス・キリストの黙示。この黙示は、神が、すぐにも起
こるべきことをその僕たちに示すためキリストに与え、そして、キリス
トが、御使いをつかわして、僕ヨハネに伝えられたものである。
ヨハネは、神の言葉とイエス・キリストのあかしと、すなわち、自分
が見たすべてのことをあかしした。
この預言の言葉を朗読する者と、これを聞いて、その中に書かれてい
ることを守る者たちとは、さいわいである。時が近づいているからであ
る」
ではじまる。
そしてヨハネ『黙示録』は第22章で結ばれる。
「御使はまた、水晶のように輝いているいのちの水の川をわた
しに見せてくれた。
この川は、神と小羊との御座から出て、都の大通りの中央を流れてい
る。
川の両側には、いのちの木があって十二種の実を結び、その実は毎月
みのり、その木の葉は諸国民をいやす。
のろわれるべきものは、何ひとつない。
-----ーーーーーーーーー中略--------------------
この書の預言の言葉を聞くすべての人々に対して、わたしは警告す
る。
もしこれに書き加える者があれば、神はその人に、この書に書かれて
いる災害を加えられる。
また、この預言の書の言葉をとり除く者があれば、神はその人の受く
べき分を、この書に書かれているいのちの木と聖なる都から、とり除か
れる。
これらのことをあかしするかたが仰せになる、
しかり、わたしはすぐに来る。
アァメン、主イエスよ、きたりませ。
主イエスの恵みが、一同の者と共にあるように。」
〔森 篤子さん、【和男のブログ】に頂くコメントは、いつも思考の泉となります。力が湧きます。こころの姿勢が正されるようです。
四万十川の畔・窪川谷から感謝の念を捧げます〕
Posted by ichikawa at 19時30分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 1 )
南方曼陀羅再考 [想念の機撤]
藤原書店は、同社のPR小冊子『機』の2010/3 No216のなで、
『土宣法龍宛熊楠書簡』の刊行を発表した。
五年半前、京都の栂尾山高山寺で発見されたものであるという。
この書簡には、類い希な巨大思想を抱いていた熊楠の、有名な「南方曼陀羅」の構図とその指し示す独自な解説が書き込まれている。
わたしも昔日それにふれたときの印象は強烈だった。
、以後、脳裏に染み込んで離れない。
久しぶりに、かつて繰り返し辿ったその箇所を散策してみた。
そこに鶴島和子は、内達的発展の原型をみたのであった。
、日本の、さらに世界の21世紀的進路への狭き門。
確かに、それは思想の貯蓄所(あずけどころ)であろう。
そこにあるのはある種のベクトルである。
今にして一層その霊魂論や今後の形而上的なベクトルに違いはないが実感される。
以下、南方書簡文中引用
「さて、妙なことは、この世間宇宙は、天は理(すじみち)なりいえるごく、図のごとく(図は平面にしか画きえず。実は長、幅の外に、厚さももある立体のものと見よ、)前後左右上下、いずれの方よりも事理が透徹して、この宇宙を成す。その数無尽なり。故にどこ一つとりても、それを敷衍追求するときは、いかなることをも見出し、いかなることことをもなしうるようになっておる。
その捗りに難易あるは、図(イ)のごときは、諸事理の萃点ゆえ、それをとると、いろいろの理を見出すに易しくしてはやい。
(ロ)のごときは、(チ)(リ)の二点へ達して、初めて事理を見出すの途に着く。それまではまず無用のものなれば、要用のみに汲々たる人間にはちょっと考え及ばぬ。
(ニ)また然り。
(ハ)ごときは、さして要用ならぬことながら、二理の会萃せるところゆえ、人の気につきやすい。
(ホ)また然り。
(ロ)のごときは、(チ)(リ)の二点」へ達して、初めて事理をみ見出すの途に着く。
それまでは無用のものなれば、要用のみに汲々たる人間にはちょっと考え及ばぬ。
(ニ)また然り。
(ハ)のごときは、さして要用ならぬことながら、二理の会萃せるところゆえ、人の気につきやすい。
(ホ)また然り。
(ヘ)ことに(ト)のごときは、(人間を図の中心に立つとして)人間に遠く、また他の事理との関係まことに薄いから、容易に気づかぬ。また実用がさし当たりない。
(ヌ)ごときに至りたは、人間の今日の推理の及ぶべき事理の一切の境の中で、(この図に現ずるを左様のものとして)(オ)(ウ)の二点で、かすかに触れおるのみ。
(ル)ごときは、あたかも天文学上ある大彗星の軌道のごとく、(オ)(ワ)の二点で人間の知りうる事理に触れおる(ヌ)、その(ヌ)と少しも触るるところないが、近処にある理由をもって、多少の影響を及ぼすを、わずかに(オ)(ワ)の二点を仲媒として、こんな事理ということは分からぬながら、なにか一切ありそうなと思う事理に外に、どうやら(ル)なる事理がありそうに思わるというぐらいのことを創造しうるなり。
すなわち、図中の、あるいは遠く近き一切の理が、心、物、事、理、の不思議にして、それの理を(動かすことはならぬが)道筋を追蹤しえたるだけが、理由(実は現象の総概括)となりおるなり。(後略)」
「終わりに臨んで一言す。目下念仏宗わが国に盛んなり。他宗の比すべきにあらず。ただし、この宗は今日また今後の世にのぞんでは、まことに無意味、浅はかなものと思う。故に早晩取って代わるべきはわが宗なり。 (中略)
ついでに申す。念仏ということも、弘法大師はいうたが、前述禅定と今日の口頭禅とちがうごとく、心の中で仏を念ずるというと、ぶつぶつと口で念誦せよというは大違いなり。(中略)
次に科学を真言の一部として(せずとも実際然り)、宇宙一切を順序たて、人々の心の働きの分に応じて、宇宙の一部を楽しむことをせしめて見よ。いかなるものも心内の楽は数で算えられぬものゆえ、自分の随喜執心次第でいかほども深く楽しみうるものなり。(後略)」
このような南方熊楠の巨大な独創的視座とその角度については、人それぞれに異なり、また現時点での解釈・見方・考え方は異入り交じっていよう。
だが、わたしは、中村元博士が「南方曼陀羅」と名付けたこの超思想的な熊楠の直観と得難い視座には飽くことなく、これからも、少しでも学び続けたいものと思っている。
Posted by ichikawa at 19時28分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2010年06月03日(木)
「こちら側」と「向こう側」の交差点 [遺書的習作試行]
「目に見えない、向こう側」
それはいったい何であるのか。
「生死一如というが、その死の世界なのか。
生の現実、一般的にいう現存世界とは別の次元。
いわばこの世界の裏側にあってこの世を動かしている「もう一つのいま」の実在。
たとえば、ヨハネの黙示録の世界、またはポーやボードレールの美の感覚世界に見られるもの。
スウェーエンボルグの『天界と地獄』の「天界」」。
ドストエフスキーに散見される言葉、たとえは、
「霊魂の不滅も神も要するにおなじものです」
「向こう側では生存は統合的に充実したもの、永遠に楽しむものであり、満ち足りたものであり、それ故その生にとっては時間はもやや存在しないだろう」
「あまねくゆきわたるもの」
「イメージでもって考え、感覚に導かれ」ながらドストエフスキーはキリスト像を描く。
「神人の光輝あふれる聖顔、その及びがたい道徳的な高さ、その奇跡的な、そして奇蹟を為すの美しさ」
「キリストこそは人間的美の理想である」 (『作家の日記』)
『カラマーゾフの兄弟』結びでは、
少年コーリャは、アリョーシャに
「ぼくたちは死から蘇って、新しい生を与えられるといっているが、ほんとうですか」
と尋ねる。
アリョーシャは「必ず蘇ります」
と断言した。
そして
『罪と罰』は、つぎのように結んでいる。
新しい物語が、人間が徐々に新しくなってゆく、人間が徐々に生まれかわり、一つの世界から別の世界へ徐々に移ってゆき、新しい、それまでは全く知らなかった現実を知ってゆく物語が始まりつつある。
これについて
ドストエフスキーは「人類が遥か彼方に探し求めているその最終目的を予見し予感する領域へ踏み入っている」と、同時代の批評家シチェドリは1871年4月号『祖国雑報』に書いた。
「向こう側」へ透徹する感覚に導かれていたドストエフスキー、ポー、ホフマン、ボードレール、シラー、ゲーテ、ヴァレリィ、カフカ、フーコーたち、そのような能力を具有していた人物は、洋の東西を問わず、時の遠近を問わず、数多く存在している。
それは秘められた、人々が内深く抱いているものだ。
質の深浅や度合いの大小は別にして日夜、不安と苦しみの中で、生と死が交叉するものに目覚め、いつの間にか生の感覚と死の感覚の交差点に立っているのだ。
此岸と彼岸の呼び合う、そんなことがあるものだ。
地球全体の世紀末的状況では、人間の内部でそんなことが頻繁に、近時強烈に起こっているようだ。
Posted by ichikawa at 18時01分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2010年04月20日(火)
或る交点への管見 [想念の機撤]
「知性が物質的能力であるのに対し、魂あるいは霊的存在は、心が吹き込んでくれる思惟によって生きているのです。
−−−
哲学は自然を未知数とする単純な数学の問題だなどと考えてはならないのです。詩人は霊感にうたれて神を正しくとらえるではではありませんか。つまり哲学の任務を果たすわけです。
従って、詩的昂揚は哲学的昂揚であるのです。
すなわち、哲学は詩と同じものであり、単により高度なものなのだというにすぎないのです!」
これは、ドストエフスキーが兄ミハイル宛の手紙にある言葉だ。
この言葉のなかに潜むものの、いかに浄土教的であることか。
ロシア正教と浄土教に交感する次元をわたしは直感する。
Posted by ichikawa at 18時44分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2010年04月01日(木)
路傍にありて [想念の機撤]
浄土思想を源泉に自然法爾の境地が開かれた。
老荘思想と心身脱落・放下の心境から、天真任運の風がたつ。
それらはすべて、大日如来の両部曼陀羅のなかで自ずから成就する。
法然、親鸞、道元、良寛の交差する路線は空海の宇宙によって成就するのだ。
まさに「如来から自己へ」の道である。
わたしは、その路傍に在りて、ひたすらに空を眺めるーーーー。
わたしはわたしなりの小高い丘から、これからもその行路を手繰って行こう。
心静かに、そう思っている。
Posted by ichikawa at 12時16分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2010年03月23日(火)
親鸞の浄土とは [随想]
今年の一月末手術のため、その前日、医療センターに入院した時のことだ。
長男が東京からこのセンターに来てくれた。
「おやじ、この本読むだろう」
院内ボランティア貸本カートから直感的に取り出し渡してくれた。
野間宏の『親鸞』である。岩波新書評伝選の中の一冊、同書の「あとがき」には、1973年3月、とあった。
わたしは、これまで、梅原猛や玉城康四郎や吉本隆明、紀野一義など各氏のいろいろな「親鸞」は読んできたが、野間宏著『親鸞』は初めてであった。
「うん、読んでみる」といって受け取った。
初めての全身麻酔、それをかけての手術であった。それも初体験である。
ただ、術後しばらくは本を見るのもできなかった。
書類鞄には、松原泰道の『釈尊』、紀野一義の『法華経を読む』、ひろ・ちさや著『親鸞と道元』は持参してきていた。
だが、息子が借りてくれた、野間宏の『親鸞』が、読書順位優先である。
やがて読み始めた。
さすがおもしろい! そう思って、その中の文章を、一切の感想抜きで抜粋してみた。
もちろん、自分の記憶に留めるためだけにである。
以下は、その抜粋文からのものである。
------------------------
「古代インドにおける釈尊を中心とする仏教徒の活動について知ることの不可能だったと考える親鸞の仏法理解と、その日本における再構成というべき『教行信証』による精密な宇宙論としての浄土理論にもとづくその到達点が、必然的に、釈尊のうちに生まれそして実現されようとしたものと一致するようになったと言い得るかどうか、それを私は追い続けたのである。」
「念仏者は臨終をもってはじめて浄土に行きつくというのではない。弥陀の誓願の正しいことを信じて念仏する心の起こったとき、すでに仏となると定まった、仏とひとしい位である正定聚(しょうじようじゅ)の位につくと言われているからには、その瞬間すでに浄土に行っているわけであり、浄土に行きついたなば、すでに仏であるが故に、自利の、みずからのために念仏して浄土に行くという心はすでになく、他の多くの人を浄土に行きつかせたいものだという、他のすべての人の往生のためを願う利他の心をそなえて、この世にすぐに引き返してこなければならないということになる。
この考えこそは、親鸞が『教行信証』のなかで深めることのできた自利・他利の考えを正確に取り出しているのである。
この考えを自分のものとして心深くおさめることができた時、はじめて念仏信心の者は、即身成仏という密教の考えを大きく超えることができるのである。」
「親鸞の説く浄土往生は即身成仏ではない。浄土はあくまでもこの世の此岸にとっては到底達するこのできない彼岸であって、それはこの現実世界の上にひかれているいかなる道を辿っていっても到達することのできない、まったく次元を異にした彼岸なのである。
その彼岸へと橋渡しをするものが念仏であり、念仏があればただちにまたその此岸へ引き返してきて他の人たちに念仏を説き、多くの人が彼岸へと行き着く信を得るようになるというのが、親鸞の浄土往生の考えであって、そこに往相・還相という二つの行き帰る往復運動のありようが明らかにされているのである。」
-----------------
このように野間宏は、その著『親鸞』の中で独特な視点で書いている。まだ読み切ってはいなかったが、2月のはじめ転院することになりこの本は返却ボックスに返した。
わたしも常日頃から、親鸞のこと、道元のこと、その奥に空海のことが走馬燈のごとくあらわれ、この日本仏教の巨人たちへの関心がわたしの脳裡を占めている。このあまりにも大きく深い思想家の存在した時代背景は現今の21世紀の様相と似通うものがある。
かつて仏教学者の玉城康四朗(東大名誉教授)氏は、『興教大師覚鑁覚研究』という興教大師850年御遠忌記念論集で「空海と覚鑁ー解脱をめぐって」の稿において、次のように述べている。
「先年私は、空海は親鸞となって生まれてきた、と述べた。同時にいま、空海の稿を終わる当たって、次のような思念が起こることしきりである。
すなわち、親鸞晩年の「自然法爾」「弥陀如来名号徳」は、空海の大曼陀羅において初めて成就完成する、と。
もとよりこれは、「私自身」のことであり、しかも三昧のなかのことである。私はそのことを明白に信知せざるを得ない。その「私自身」のなかで、空海と親鸞は互いに相呼応しながら、「私自身」とともに未来へと転進していくのである。」
本書の発行されたのが平成4年のことだから、その後、この言葉が、私には浸透して止むことがない。
Posted by ichikawa at 02時30分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
2010年03月22日(月)
ホームページの師匠 [随感]
やはりホームページのわが師匠は、森さんです。
私のページづくりの第一歩から、手を取るように、常に心から優しく教えていただき今に至っています。
ともかくメカに弱いわたしが、Webページに、溜まりにたまったわが想念を刻んで来れたのは、森師匠のお陰です。
市川和男のページは、長年に渡り、複雑に交差する思いの田圃を、深く耕す特異な作業の一つ一つの結晶体だ、またそれは空を飛ぶ鳥の羽ばたき、その空の足跡だとも考えています。
それはまた、わたし流の思索・想念の「貯蓄所」(あずけどころ)でもあります。
野の天才であった南方熊楠には、真言層の土宜法龍との29年間にわたる往復書簡が残されています。
その中には長文の書状が多く、後世”南方曼陀羅”と呼ばれる宝玉の宗教哲学的内容の含まれたものもあります。
熊楠はその生涯には何千通もの書簡を書いたわけですが、これは、熊楠の尊敬するライプニッツの例にならったものとも言われ、書簡を自己の思想の「貯蓄所」として、かなり意識的に書いたと見られる節があるようです。
愚鈍骨頂のわたしは、それに習って書いているわけもありませんが、ホームページとかブログは、後で、わたしにとっては、なるほど現代的な方法としての「貯蓄所」なのか、と気づかされました。
そう思えば、わたしの綴る気持ちにぴったりなのです。
いま、そう思って書き込むのです。わたし流の「遺言集」から、ややこれからの展望も開けるような晩学の軌跡を貯める場としての「あずけどころ」にしたいのです。
それにしても、加齢とともに特にメカ反応が鈍くなり、書くという手前でいろいろな技術的な壁に道がふさがれることも多々あります。
どうしても操作の道案内人が必要なのです。
とおりいっぺんの対応で、ことを済ますことしかしない現代の遠隔操作的な風潮なかで、このような問題解決能力を、繰り返し時間をかけて養ってくれるような人物は、この師匠しか居りません。
そこには断片化した時代にあって、丹念に教えてくれ、またその時々に閃きと着想が次々に展開される、しかも温もりのあるそんな人間の存在を知ることができた幸運は、わたしにとってまるで奇跡だと思っています。
その道案内人・師匠を頼りに、少しでも、この「あづけどころ」を豊富にして残したい、そう考えています。
Posted by ichikawa at 16時54分 パーマリンク トラックバック ( 0 ) コメント ( 4 )
【 過去の記事へ 】









