2010年01月22日(金)
美しい世界のなかでー生と死の往還A [遺書的習作試行]
人間の死についての哲学
死について考える、ということは一体どういうことなのか。
現代、自爆テロを含め、社会的経済的家庭的孤独感などからの、自殺者の数は年々増え続けている。
彼らは死を決行するが、果たして死について問うことがあるのだろうか。
病死については、事情が異なるだろう。
が、その場合でも死を問うことは、生を問うことであろう。
病、老、死については釈尊以来仏教の永遠の主題であり、常にそのことについて教え諭してきた課題である。
が、死の虚無的事実をほんとうに正視することのできる人がどれだけ居るのだろうか。
「死は生の越経験的な裏側、深みだ。生という表側の神秘な秘教的裏側はだれもかつて直接見たことはない。
しかし、時の始源からわれわれの視力には隠されたままの月の向こう側をかいま見るように、ときには間接的にこれをかいま見ることもおそらくはあるのだ。」
これは、V.ジャンケレヴィッチ『死』にある一節だ。
1978年2月、「訳者あとがき」で中沢紀雄氏は、この本について森有正の書いた1978年3月三十日の手記を引用している。
そのなかに
「昨日、ウラジミル・ジャンケレヴィッチの『死』を読み始めた。一挙に私は、密度が高く胸の高鳴る文章に熱中し、魅了された。(中略)
<経験>の単独性は、死の事実によって否みがたく実証される。それは経験の最も鋭い特徴ではないか。
(中略)
読書がそれほどまでに私を熱中させることはめったにない。
つまるところ、死がもたらすものは価値的変容なのだ。パスカルはそれについてすでに書いている」
と、書かれている。
わたしも、実に一気に引き込まれてしまった。
それは確かに死という主題をもって奏でる交響曲であり、死という絶対性への多面的角度から立体的に構成された交響詩のようだ。
ところで、「ときには間接的にこれをかいま見ることも」あるという死とは、ジャンケレヴィッチによれば、
例えば
「死は、近くで見ても、死自体についてはわれわれに文字通り何も教えない。近くからでも、遠くから以上によく知れるというものではない。
だが、ドストエフスキーのように、死にそうになった人−−しかし、ただ死にそうになっただけであって、最後の一分の最後の一秒で途方もない岸辺から奇跡的に逃れた人間の極度に常軌を逸した経験を思い浮かべよう。
人も言うように、その男は遠くから戻ってくる。その男は死をほとんど眼の片隅に捉えたのだ。あるいは、むしろ、その男はまったく何も見なかった。知るということばの文法上の意味から言えば、その男は何も知らない」
と述べている。
向こう側感覚を持っていた人物。
たとえば、近くはこのドストエフスキー、そしてブレイクや宮沢賢治たち。
遠く遡れば、釈尊、ソクラテス、真言密教の空海、密厳浄土の覚鑁、『往生要集』を書いた源信、その浄土教の流れには、法然、親鸞、禅宗の道元、それらが合流したような存在の良寛、禅浄双修の世界、さらに近代には山崎弁栄という特別な存在を、わたしは思う。
いわば、この人たちの、「向こう側感覚」を基軸にしたその認識力に基づく思想は、すでにパスカルのように、”完全に厚い”壁の向こう側へ到達しているのではないのか。
それらの地点に立てば、それは死という越経験的なものに、もしかして有効なのではないか。だが、やはり無効に等しいのか。
ジャンケレヴィッチは
「ベルクソンが虚無について語り、スピノザが悪について言ったことを、内在的死について繰り返して言う必要があろう。
生に住みついていると、リルケが主張した”住みつきの死”は、沈黙がことばではないのと同様に、原理ではない。
(中略)
文字通り下(スー・ジャサント)にある死の神話的幻影は、此岸の死の思惟が空虚な思惟であるからには、此岸の死の哲学に一つの内容を与えることはけっしてない。
空に向かって叫ぶマルテの死、それは生ではないだろうか。
生のなかの死は、したがって幻影だ。
存在の充全性はつねに完全に厚く、肯定であって、けっして希薄化しない。
ところが、この虚無が思考不可能であるという口実の下に、死の虚無について思索する権利をみずからに拒絶することは、一般に哲学的思惟の妥当性に異議を唱えることだ」
そのジャンケレヴィッチはこうも書いている。
「二元論がわれわれの希望に提示する後生は、ほんとうにまったく別の秩序なのだろうか。
魂だけの、このまったく別の秩序は、実はそれほど別のものではない。
(中略)
どこ、どのように、いくら、という経験界の課程に有効な質問は、越経験的な絶滅が問題のときには、知性にはまったく意味を失うことをわれわれは確認した。
(中略)
もし魂が死後どこえも行かないならば、ほんとうを言えば、生の間、どこにもいなかったからだ。
包含するものと包含されるものとの関係を記す《内在する》(エンエイナイ)は、ここでは意味がない。
ベルグソンは、回想は大脳の中の容器の中に置かれているようには置かれていないことを示した。フォレ・フレミエは、回想が時の内部にさえ《保存され》ていないと付け加える。
大脳は映像の倉庫ではなく、時は回想の保存所ではない。
もっと一般的には、魂はそれが生気を与える身体のこと、あるいはそこに位置づけられるものではなく、また、死は生きた生体のどこか隠れた隅に文字通りうずくまっているのでもない。われわれはすでにこのような隠喩的表現を放棄した。
同じことになるが、魂は同時に内と外にあり、いたるところにあってどこにもなく、肉体としての現存に魅力のように内在し、現存して同時に不在だ」
−−−
わたしは、このことばに触れながらしきりに思う。
その一つは,禅僧一休だ。一休の詠んだものといわれる句
いましんだ どこえもいかぬ ここにおる
たずねはするな ものはいわぬぞ
もう一つは、梅原猛氏の、死と魂について書かれていたことが想起されてくることだ。
ともに異質なものであり、次元差もあるが、しかし、これらの魂の奥深くに内包されたもの、そこにどこか通い合う思いの波長をわたしは受けるのである。
ジャンケレヴィッチの考察の卓抜さと梅馬哲学の東洋思想に裏打ちされた深さ、一休の瀟洒な狂雲に宿る哲人的パッション、それらが、きわめて凡庸なわたしの裡でも何か交感しあっているようである。
「この世の生の間は、一方的に共生された無償の共生、そして、この世の生の後では、放浪する後生か、転身か。
混合体の組織上の必然性、共生の不可分の性格を考慮するとき、すべては変わる。
魂自体が、この共生によってにみ魂なのだ。
というのは、共生の外で宙に浮いていた魂は苦しんでいる魂なのだから。共生を語ることさえできるだろうか。
”共”にあることは、それなくしてあることの可能性を意味する。 (中略)
死は混合体を襲ったあと、床の上に魂のない肉体を置き去るのであってみれば、人は肉体のない魂の存続を結論する。
(そこに見える)魂のない肉体と(見えない)肉体のない魂とは、二つの平行した運命を辿るべきであろう。
実際には、魂のない肉体が見えると言うことができるだろうか。
見えているものは、はたして、一つの肉体なのだろうか。
いや、見えているものはまったくなんでもないものなのだ。というのは、遺骸は肉体ではないのだから。
(中略)
なぜ虚無化の奇跡がわれわれをそれほど驚かすのだろう。
なぜわれわれは魂と肉体が分離せずに消滅すると認めないのだろう。
なぜある日始まったものが終わってはならないのだろう。
(中略)
誕生は死と同様に超自然的な神秘だ。この点に関しては、告白する必要があろう。
人一人の奇跡的昇進とまったく別の次元への転移、そして、考えることもできないまったく別の秩序への移行は、魂と肉体をもった存在があらかじめ絶滅すると想定しても無駄だ。
絶滅のない魂の後生と同じ程度に明白なことだから。
魂−肉体の理解を超えた無化が一つの事実であり、理解不可能な事実 だとすれば、その無化をこんどは無とし、その否定を否定し、その死を殺す無と化した存在の復興が、なぜ可能ではないだろうか。
(中略)
虚無の絶滅は、連続の解消のない過去の存続以上に理解するのに難しいものでもないのだから。
この場合、回想ではなくて一人の人の全体が問題だ、と人は言おう。
こうして、われわれはおとぎ話の世界のまっただ中に置かれる。
だが、ここまで来てみれば、奇跡が一つ多かろうが少なかろうが問題ではない。−−」
ジャンケレヴィッチの言葉は、まだまだ華麗に、かつ端的に、さらに、鋭く直感的に感応しながら続くのだ。
『死』というこの書籍は、インターネット検索で見る限り、古書店にも今は見あたらないが、実にスリリングな切り口で、死について分け入るように語りかけてくる書だ。
聞こえる言葉は、詩的哲学の音色だ。
展開されるのは鋭い発想と透明度の高い発見の魅力だ。
延々として興味深い味わいは、読むものを思わずその虜にする。
だが、実はここで、わたしは、法然の「死は万人におとずれる癒しである」と説いた立場の鮮やかさを思う。
この一言に込められた法然の卓越した考察力、死の壁を突き通すような洞察の深い視力に改めて感嘆する。
ただ、それでもジャンケレヴィッチ風に言えば、その癒しは、在世にあるものにとっての予感的な癒しではないのか。
それとも、「向こう側」(彼岸)そのものが癒しの世界であるというのか。
そうはいっても、それは、もともとどちらであってもいいことだ、と思う。
法華経、華厳経、無量寿経のなかで説かれ来たった教え。
その流れに沿って独自性を生み出していった平安・鎌倉仏教。
日本の思想的風土を構築した時代に包括されているのは、言うまでもなく真言密教、禅宗、特に曹洞宗、浄土教などだ。
その宗教的巨人たちの群像。
日本の郷里のような、その源泉は枯れることなく、いまも、そこから湧き出ている様々な思いや、感性の世界が、この国の精神風土の底流に流れ続けている、とそう思いたい。
そこに包蔵されているものは細々とながらも近現代に至るまで、連綿と語り継がれている。
今という危機きわまる崖の端に立っている時代は、鎌倉時代と重なる混迷と混乱の世を思わせる。
近代化の果てに人間の歴史が分断され、断片化した現代、わたしたちは日本の精神的郷里から、再び出直すべきときに置かれているのではないか、と、そうしきりに思う。
2010年1月17日草 宇久(市川 和男)
Posted by ichikawa at 13時22分 トラックバック ( 0 ) コメント ( 0 )
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