市川和男のブログ

私の書斎には色々なものがある。

かって三十年ほど携わってきた諸々の計画の下書きや、役職時代の原稿などが、

なぜか捨てがたくてうず高く置かれている。

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2010年07月04日(日)

「黙示録」−考4 [遺書的習作試行]

 第五章

 このところ入退院を繰りかえして来た。
 そんな時の流れのなかで、来し方に重なる我が身を振り返る。
 新しくもう一歩、さらに深く考えたいと思うことしきりだ。
 今は、帰宅してから一段落といったところである。


 ともあれ「黙示録」は重い。

 手許にある『シュタイナー用語事典』(2002年初版第一刷発行)や『星と人間』(2008年新装版第一刷)その他をあらためて訪ねている。

 そこにある関連した項目の概略について,である。

 シュタイナーの人智学的視座による文化期史観では、次のようになる。


 七つの化期、すなわち

 1,インド文化期

 2,ペルシャ文化期、

 3,エジプトーカルデア文化期、

 4、ギリシャーラテン文化期

 5,ゲルマン文化期ーーー火星

 6,スラブ文化期、

 7,アメリカ文化期



    各文化きに影響を与える星

      第一文化期   ーーー月
         
      第二文化期   ーーー水星

      第三文化き   ーーー金星

      第四文化期   ーーー太陽

      第五文化期   ーーー火星

     繰り返されるもの

       第六文化期ーーーエジプトーカルデア文化期     

       第七文化期ーーーペルシャ文化期


 「アトランティス大陸から北欧を通ってインドに向かった北方ルートの人々は、まなざしを感覚界と、その背後にいる神々に向けた。
 アトランティス大陸から南スペイン通ってアジアに向かった南方ルートの人々は、心魂のいとなみを通して下方の神々を探求した。
 インド文化期・ペルシャ文化期・エジプトーカルデア文化期は、純粋に人間的な見方をするギリシャーラテン文化期の準備であり、第五文化期・第六文化期・第七文化期には、霊視的文化が復興する」(「シュタイナー用語事典」中”ポスト・アトランティス時代”)


 さて、七通の手紙には、それぞれの性格が示され、

 人の子が持つ七つの星は、この、各文化期の最高の霊的指導者を指している、という。

 要するに

 7通の手紙は、物質界に属するものである。

 そして七つの封印は、心魂界に属するもの。

 七つのラッパは、精神界に属するもので、

 七つの怒りの鉢は、最高の精神界に到る人間が捨て去らねばならないものを表している、とされる。

 
  七つの封印における、

  第一の封印は、インド文化期の体験を通して、万人に対する万人の

戦いの後の最初の時期に、物質に打ち勝つ者を示している。

 第二の封印にはペルシャ文化期の体験を通して、人類の上昇にとって

無価値なものを滅する剣を持つ者が描かれている。

 第三の封印には、エジプトーカルデア文化期の体験を通して、公平に

測ることから得られる実りが秤で示されている。


 第四の封印には、キリストの呼びかけを聞かずに悪の人種に落ちたも

のが落下するのが、知性の象徴である4匹(頭)の馬で表わされてい

る。

 第五の封印では、知性が精神化され、永遠の生命を得た心魂が白い衣

で現れてくる。

 第六の封印では、人間を構築した太陽と月の霊的な力が現れる。

 

 第七の封印は、第6根幹時代。

 七つのラッパは第七根幹時代表している。

 そして七つの怒りの鉢は、地球進化の終わりに投げ捨てられるものであると いう。


 また、「七つの神の霊」は、物質的身体・エーテル体・アストラ体・
個我・精神的自己・生命的精神・精神的人間。

 「七つの星」は。土星進化期・太陽進化期・月進化期・地球進化期・木製進化期・金星進化期・ウルカルヌス星進化期。

 ウルカヌス星は、「地球の第受肉状態。個我が完成し、物資的身体
が精神的人間に変化して、人間は、インティション意識を獲得する」


 七惑星の封印

《宇宙が七つの変容を遂げていき、その中で人間が進化していくというう世界観》がシュタイナー思想である。

 そのことを象徴するゲーテアヌス大ドームの柱頭は、シュタイナーが自ら精神科学と位置づけた人智学の創造に的源泉に形をあたえるもののひとつの姿として、据えられている。

 そこにシュタイナー思想の根幹を成す七本の柱である最後に第七柱頭金星柱がある。 

 
 以上、人智学的視座から、自分流に「ヨハネ黙示録」を鳥瞰してきたが、新約聖書の最後におかれた御言葉は、具象的で象徴的であり、インティション意識が奔流のように流れている。

 だが、わたしには、ブレイクと華厳経の相互に通い合う回路があったように、ここに、シュタイナーが見た黙示の世界と、ブレイクが見た華厳の世界の心魂の交流を思うのである。

 それは人間精神の美しい到達点であり、何よりも、深くて高いものに思われてならないのだ。


Posted by ichikawa at 16時15分   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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