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		<title>市川和男のブログ</title>
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		<description>市川和男のブログサイトです。</description>
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	<item rdf:about="http://suisyouu.com/blog/index.php?ID=136">
		<title>新しい言語体系の模索</title>
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		<description>　ここに来て　実際「状況としてはどん詰まりです」と、吉本隆明氏はいう。　そして、「消費資本主義の高度化」によって、「だんだんぜんぶが均等化」していくという。　その行き先はどこか。「要するに資本主義と社会主義が混合した状態があって、近日に世界がそこに向かっていくわけです。それがどん詰まりであるといえばどん詰まりだし、何かの始まりだといえば始まりなのですけど」と語っている。（『還りのことば』２００６年５月雲母書房発行「＜空隙＞より出る言葉」２００５年１月・吉本隆明宅にて対談）　　現実のなかでは、今何も眺望できない。　断片化してしまって展望が開けない。　理論物理学者デヴィット・ボームは、「現代のわれわれはひじょうに切迫した一連の危機に直面している。環境汚染、自然のバランスの破壊、人口過剰、全世界的規模での経済的混乱や政治混乱-----今日衆知のさまざまな危機はすべて断片化された生活様式の結果である。ほとんどの人々は、肉体的、精神的に健康とはいえない環境のなかでの生活を余儀なくされている。コントロールできないばかりか、理解することさえもできない数多くの社会的強制力に直面して、人々の間に無力感と絶望感が広まっている」と、書いたのは１９８４年、『断片と全体』のなかであるが、２１世紀の今においても、ぴったりと当てはまっている。　ボームは、そこで＜レオモード＞という言語構造の実験的探求を提起した。「便宜上、この言語様式をレオモードと呼ぶことにしよう。（「レオ」とは、ギリシャ語で「流れる」という意味）　レオモードは、言語使用における実験である。その主目的は、断片化をもたらさないような新しい言語構造を創造することである」という。　この「レオモード」とは、「万物は、分割不可能な全体運動である。一見分離した事物と見えるものは、全体的運動の相対的に安定な側面の抽象である」「川が流れているのではない。相対的に安定した流れが川である」との観点にたつ「流れ運動」、分割不可能な全体性・全体運動の様式へのアプローチであった。　その著の「日本語訳への序」でボームは、「昨今、深遠な哲学的論点に関する西洋と東洋の対話が切実に求められている。ダイナミックな相互作用が可能となるなら、西洋と東洋の対話は、豊穣な実りをもたらすものとなろう」との願いを書き記した。　今世紀、果たして、その願いに答えているのは、何処の誰であろうか。</description>
		<dc:creator>ichikawa</dc:creator>
		<dc:date>2008-07-04T19:22:03+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="http://suisyouu.com/blog/index.php?ID=135">
		<title>情緒の言語体系３ー眺望する還相の視線</title>
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		<description>岡潔は「日本人民族の旅路については、極く大体の荒筋しかまだ確認出来ていません。これを詳しく認識的に調べることは、人の＜からだ＞を身につけたままでは無理です。だからこれは来世以後に詳しく調べます」と言っている。「人の＜からだ＞を身につけたままでは」つかめないない世界とは一体どのような世界なのか。　そう考えるとき、この岡潔のいう「来世以降」とは、畢竟、環相を指しているのではないか。　ここでも吉本隆明氏の視座に注目したい。氏は対談で、「ぼくはマルクスのことも偉いと思うのですが、彼がもったのは一，二世紀です。ところが親鸞というのは、未だに古くなったということはないわけです」と、七百五十年も前に、生死について「すでに多くを語りきり、いまだに有効である」という。「親鸞を論じる吉本隆明の言葉に接していちばん驚いたことは、宗教的用語（当然、浄土教の用語）を剥離した場合、どう読めるかを提出した思想家としてわたしの前に現れたからであった」と、今津芳文・浄土真宗本願寺派明福寺住職は書いている。前述の書の中の《「正定聚」をめぐる断章ー主に吉本隆明の親鸞論から》）　曇鸞の『浄土論註』からの思考を独自に展開する吉本氏の言葉を、今津氏は次のようにピックアップしている。「往相というのは、如来がじぶんのもっている全功徳を、一緒にかの阿弥陀如来の安楽浄土に生まれさせようと願いを立てることである。　環相とは、かの浄土に生まれてからあと、静かな心の統覚と、正しい智慧をもってする察知力を得て、すぐれた手だての力を成就したならば、生死の迷いにみちたこの世の樹林に戻ってきて、すべての衆生を教え導いて、一緒に仏のさとりに向かわせることである」と､往相、環相について述べている。　曇鸞の位置は、七祖相承にあって、龍樹、天親、曇鸞、道　、善導、源信、法然の流れのなかの三番目にある。　ここに、岡潔のいう「人の＜からだ＞」から解き放たれた「来世以降」の視座が、この「環相」に道に見えるように私は思う。　続いて、浄土から還ってくる道について、「浄土とは死後に実体ある場所として想定されているのか。　浄土へ往く（往生）とは死んだあとで架空の楽土に行くことを意味しているのか。　あるいは死ぬこと自体を飾って指しているのか。　そして浄土から還ってくる道（環相）とは生まれ変わりとか、復活とかをいみしているのか。　あるいは、まったく内的な過程で、これらはすべて現世に生きているあいだに到達し、そして到達したところから現実を照らしだす心の構えをさしたものか。　わたしたちが喚起される疑問に向かって親鸞は歩いてくるかも知れない。また歩いてはこないで、行き違ってしまうかもしれない」と、このように氏は、全く身近な問いかけを私たち投げかけている。　　そして「来世以降」の眺望を語る。「親鸞は死を生の延長線上に、生をうち切らせるものというようにはかんがえなかった。死はいつも生を遠方から眺望するものであり----（中略）----親鸞が曇鸞の『浄土論註』にならって＜往相＞と＜環相＞をとくとき、ある意味で生から死の方へ生き続けることを＜往相＞、生き続けながら死からの眺望を獲得することを＜環相＞というように読みかえることができる。　この浄土門の教義上の課題は、まさに思想的に親鸞によって抱え込まれ、そして解かれたのである」（強調・筆者）と。　つまり、岡潔の言う　「詳しく認識的に調べることは、人の＜からだ＞を身につけたままでは無理」という認識について、　岡潔は「認識するという言葉、西洋人は本当の意味を知らない。本当にそれをすることが出来ない。だから自然科学は、自分の出した自然科学の結果がわからない。つくることは出来ても、みることは出来ない。認識できない。観念したってわからない。　仏教は観念です。だから釈尊が言ったことも、釈尊が勝手に言ったんです。それをそのまま言ってるんです。本当にそうか見直そうと思えば、観念を認識に変えていかなきゃ。　認識は後頭葉で出来るんですね。自覚は前頭葉に映して見るんですね。認識と自覚を遣らなきゃいかん。ーー」　と、このように昭和４７年４月２日、自宅で話した記録がある。　吉本氏は次のようにいう。「＜正定聚＞をめぐる言説の往還する路が、浄土教の教理的な大世界であるのかどうか知らない。またこれがさも生死の一大事のように詳細に規定されてゆくことに＜信＞の世界があるのかどうか。ここには親鸞が、しだいにわからなくなってゆく人間の生涯というものに佇んで、何事かをとりさばいている姿がみられる。　理路の正当性を解くことが無意味なことだとおもうまいとしている親鸞の像を描くことができる。　ほんとうはどうでもいいことにちがいないのに、人間はどうでもいいことに左右されながらき生き死にする存在に過ぎない」と。　その認識のうえ、「真実信心が得られたとき、すなわち正定聚の境位が得られる。　この考え方は、浄土が死の彼方にあるのではなく、正定聚になることにおいて即時に見透かされた世界､願力がつくり出す世界として、見える場所であり得るという問題を導入することになる。-----」　その、見える場において、「＜正定聚＞の位置を現世にひきよせ、かならず大涅槃のさとりである如来にいたるという意味を、死のあとにひきよせた。-----（中略）-------真実信念を得て念仏称名することは、無効な意味のないことでもなければ、すぐに如来になることでもない。＜正定聚＞という、死して如来にいたる通路と切符を手にうけとることだと定まった」と言いきる。そして、「----親鸞が危惧したことは、ただひとつ＜信心＞とか＜決心＞とか＜信念＞のように”自力”をまじえて解されることだけであった。　真実の信心はむこうからやってくるもので、意志して獲得すべきものでもないし、獲得されるはずもない。　信心が定まるのは釈迦、阿弥陀の摂取にあずかることと同じだ。　この受動の契機こそ最終の眼目であった。それゆえ信心が定まったときが往生が定まるときであり、臨終をまつこともなければ、来迎を頼むべきこともないとした」。（強調・筆者）　ともあれ、このような場からの視線である。　それは、曇鸞に親鸞が重なり、親鸞に吉本が重なっている精神時空の視力がある。　そにには、さらに山崎弁栄と岡潔の重なりがあり、この二人のたましいが交感するのを、私は見るように思う。「大宇宙の実体は情だと思う。ところで、情の中には空間がない。そうすると、空間のあるところへ影を映してみると、所としてあらざるはなしということになると思う。それで各々の頭頂葉の中心が大宇宙の中心だと思う。これから絶えず情が湧き出てくる」「思索は言葉なんです。言語中枢なしに思索ということはできないでしょう」　これはともに岡潔の対談の言葉である。　　　分け入れば　わけいれど果てしない　まだまだ深い海のなか（宇久）</description>
		<dc:creator>ichikawa</dc:creator>
		<dc:date>2008-06-29T19:30:35+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="http://suisyouu.com/blog/index.php?ID=134">
		<title>情緒の言語体系ー２</title>
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		<description>　『天上の歌』と名付けた岡潔の生涯を描いた作品。　なぜ「天上の歌」なのか。　岡潔の言葉（『月影』昭和４１年初版・講談社現代新書　『わが人生観』昭和４３年発行第一巻　大和書房　「私は童心の時期に立ち帰って研究している」　「人はその童心の時期、天上にすんでいるのである」　「子どもが純粋に童心の世界にいるあいだ、つまり三つまでは、これは、親はどうすることもできないのです」　「数え年三つの終わりまでで、純粋童心の時代は終わります」　「三つまでの純粋童心の世界が真如にそうとうするものです」（著者帯金氏は「天上の歌を聴いた日」という志賀弘典氏（千葉大学教授）の数学セミナー掲載の記事からいただいたと書いている。）『天上の歌ー岡潔の生涯ー』の発行されたのが２００３年３月。『評伝　岡潔ー花の章ー』は２００４年４月であった。　共に今世紀の幕開けの頃であった。　世は岡潔の予見した道を辿り、その警告の通りになってる。　本当の意味での救いは、今現在、ここに来て果たして存在し得るだろうか。　未完の「春雨の曲」への思いが強い余韻となって、今も残る。　　さて、また、言語空間への新しい旅立ちを、と思う。　</description>
		<dc:creator>ichikawa</dc:creator>
		<dc:date>2008-06-27T11:04:36+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="http://suisyouu.com/blog/index.php?ID=132">
		<title>得体の知れない力・情緒の言語体系ー１</title>
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		<description> 岡潔は最後に『春雨の曲』を完成させるつもりであった。「日本人民族の旅路については、極く大体の荒筋しかまだ確認出来ていません。これを詳しく認識的に調べることは、人の＜からだ＞を身につけたままでは無理です。　だからこれは来世以後に詳しく調べます。　そうすれば兎角論議の種になり勝ちな＜日本歴史＞もはっきりわかる筈です。　私が今書いている『春雨の曲』の稿は第八稿です。これに先立つ七つの原稿は書き上げては反古にし、書き上げては反古にしたのです。反古にするために書き上げたようなものですが、そうすることによって、いわば、足台を積み重ねることによって段々上の方に手が届くようにしていったのであって、認識的に大宇宙の実相を研究するには、私にはこの漸近法が一番よい方法だと思っています。（『春雨の曲』より）」　岡　潔は、こう述べている。　これは、極めて注すべき、かつ恐るべきことを述べている、と私は思う。　この『春雨の曲』は、次の通りの構成であった。　　　巻の一、　人類の自覚　　　　　　　　　　第一章　自然　　　　　　　　　　第二章　こころ　　　　　　　　　　第三章　私と彼女　　　　　　　　　　第四章　私の旅路　　　　　　　　　　第五章　孫の生い立ち　　　　　　　　　　第六章　旅路の実例　　　　　　　　　　　（これで終わりなのか、それともこの後第七章以下に続くのかは不明である）　　この宇宙的視野と地球・自然人類と心・情緒という広大な観察力と同時進行的に深まるきめ細やかな家族への視座、そして、その「旅路」は＜終わり＞ではなくあくまで＜実例＞なのだ。　数学者であり数学史家である高瀬正仁氏の著『評伝　岡潔−花の章−』に「光明会遍歴」という文章がある。　そのなかで著者は、「何かしら得体の知れない力に突き動かされるようにして思索を重ね、次々と大きな数学的発見を生み出していった」岡先生に「働きかけて、ひとすじの数学の道を歩ませるに至った力の本性は何だったのであろう」と自問し、続いて次のように書いている。「木叉上人が物語る光明主義の言語体系は、人生の根底に流れる意識の姿形を明晰に把握する手立てを岡先生に与え、岡先生はこの手法を自在に駆使して＜情緒の世界＞すなわち＜心の世界＞を精密に描き出すことができるようになった。 弁栄上人に帰依する木叉上人は＜光明主義は無限の向上である＞と観察したが、これが岡先生の数学的思索と体験の世界に移行すると＜無限向上の意欲＞という魅力のある言葉へと変容する。光明主義のお念仏が岡先生の心情にに及ぼした影響のありさまを如実に物語る一場面である。　このあたりの事情は、＜信仰は生命の燃焼＞であるという木叉上人のもう一つの言葉についても同様で、岡先生はこれを自分自身の数学の世界に移して＜数学は生命の燃焼である＞と発言したことがある。（昭和３５年・１９６０年、岡先生が文化勲章を受けたとき、皇居で突然、天皇の＜数学とはどういう学問か＞との御下問に接し、＜数学とは生命の燃焼でありま＞と、岡先生は奉答したというエピソもある）」　さらに、「岡先生が光明会のお念仏に心身を打ち込んでいったのは、新たに＜精神の故郷＞の構築を願う切実な願いに突き動かされた行為だったと見るべきなのではあるまいか。　　　　　　　　（中略）　『春宵十話』（毎日新聞社、昭和３８年）に始まる一連のエッセイ集が次々と生まれ、各地に招かれて講演する機会も増え、岡先生はしきりに日本的情緒を口にした。　神話の時代より玉の緒のように連なる＜心情の美＞の系譜を指し示し、日本の現状に寄せる警鐘の響きさえ聞き取れるようになった。　＜世俗を超越した孤高の数学者＞のイメージの陰で、日本的情緒を語る憂国の数学者＜岡　潔＞が、こうしてひそやかに芽生え、育まれて言ったのである」と高瀬氏は書いている。　もう一つ、岡潔の生涯を刻印した『天上の歌』という帯金充利氏の著書ある。　その本の第４章が「光明主義」になっている。　そこに次のように書いてある。「さて、潔は弁栄の生涯に自分のそれを重ね合わせてとらえていた。　つまり、弁栄の転機となった年齢が自分のそれとぴったり重なると言うのである。そして、潔はそれを、＜人の一生を向上の道を歩むと見た時の節目＞と、とらえたのであった。　それは次の六つの時期である。　　  a　十一、二歳　　弁栄----霊的な特異な体験　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　潔-----蝶の採集の時「発見の鋭い喜び」の体験  b　十五、六歳　　弁栄----出家を思い立つ　　　　　　　　　　潔-----数学の神秘性を知る  c 　二十歳頃　　　弁栄----出家　　　　　　　　　　 潔-----工科から理科への転換（京大入学） d　二十四歳頃　　　弁栄----仏眼が開ける　　　　　　　　　　 潔-----数学上の最初の発見がある  e　三十歳頃　　　　弁栄----布教を始める　　　　　　　　　　　潔-----生涯取り組むべき問題を決める　  f 四十二歳頃　　　 弁栄-----光明主義を思い立つ　　　　　　　　　　　潔-----第七論文を書く　　　　　　　　　　（第七論文は、新しい研究の端緒を拓いたもの）　　さらに、弁栄と潔の間に共通しているのは、自分の修行（研究）生活に基づく強烈な体験主義と言うものであろう。実際、弁栄の修行の仕方は浄土教の伝統的なものとはかけ離れたものであったし、潔の数学のスタイルが普通の数学者と全然違うことはすでに見てきた通りである。　こうして、潔は１９４６年６月、光明主義の世界にはいっていったのである」　と、このように帯金氏は述べている。　そして、同氏の「岡潔　略年譜」には、その時について「１９４６（昭和２１年）年　４５歳　６月、ミチの姉の紹介で光明主義に入る。　８月、第三の発見がある。　この発見はそれまでのものと違って＜情操型＞の発見であった。　　　　　　　　　　（それまでのもは”インスピレーション型”）　９月、それまではよく分からなかった『正法眼蔵』がすらすらわかるようになる」と書いている。　岡潔自身によれば「木にたとえるとインスピレーション型は花の咲く木で、情操型は大木に似ている」という。　ところで、わたしはどこかで、確か、「（あの方の）後ろ姿を見て、それからは、すっかりすべてが分かるようになった」という意味の岡潔の言葉にふれた記憶がある。　「あの方」とは、木叉上人であったのか、鈴木大拙禅師であったのか---。岡潔の本のページをめくるがみつからない。またいつか時が来ればその言葉に巡り会えるだろう。　ともあれ、そんなわかり方が、強い印象となっていて、わたしから一時も離れないのである。　岡潔は書いている。「無差別智とは純粋直感といってもいいし、また平等性智といってもいいが、一言で言えば自明のことを自明と見る力である」と。　そして、「この直感には三種類ある」という。「第一種は人に実在感や肯定感を与えるもので、平等性智とも呼ばれる。自明を自明と見るのもこの直感で、冷たいとか暖かいとか知る感覚もこれが基礎になっている。　だから普通に直感といわれるものに一番機近いが、それだけではない。間違いを見つけるのもこの直感の力で、しかがって信ずるという働きがここから出てくる。　　　　（中略）　本当にこの直感を働かせようとすればエネルギーを大いに消耗する。私利私欲を除いて心の垢を払わねば出てこないもので、精神集中から精神統一へという昔の剣術家の努力もこの働きを充分出せるのを目指していた。　第二種の直感は、たとえば俳句や歌の良いしらべを良いと断定する直感である。スミレの花が良いと断定するのも同じ直感で、これあるがゆえに真善美が存在し得るのだといえる。学問や芸術もここに基礎をおいている。　第三種の直感---＜みずから現じ、みずから観ず＞といわれている。　　　　　　　　　　　　　（前後中略）　いわばこれは、無意識にいったり行動したりしたあとからそれに気づく、そんな直感で、自分の言動をふりかえってはじめて直感のあったことに気づく。妙観察智といわれるものもこれである。　この種の直感は自然界には実に多い。ファーブルが非常にふしぎがった昆虫の本能はすべてこれである。　見られる自分と見る自分、自分を二つに分けることができるのもこの直感の力である。　だからこれなしには観察も批判も出来ないわけである。　直感からただちに行為へと移れるものもまた、この第三種のものだけである。　　　　　　　　（中略）　三つの直感を合わせれば本当の智力というものになるのだが、ふつうは第一の直感だけをそれと思っているらしい。本当の智力と呼ぶとすれば、その上に垢のついている状態が妄智で、さらに外側にもう一重の垢の付着しているのが、邪智である。　外側の垢が取れても、内側の垢はまだ残っている。ちょうど鉛のさびのように、さびているという感じはないが、輝きは出ない。この状態が妄智である。　　　　　　　　　　　　（中略）−−目の前によいものがある場合にこれをよいと見るほど簡単なことはないと思うのに、これがなかなかできない。それは智力の垢が取れないからで、内側の垢まで取れてしまうと、すぐれた人を一目見ただけでこれは人物だと見抜くことができる。　私の場合はこの垢を除くのに念仏が役立っており、念仏につれて身も心も軽くなり、騒音を騒音と感じなくなる。音は聞こえてもやかましくてたまらないとは思わない」というのである。　以上のように諸先哲や先達の言葉を訪ね、その引用を通じて、わたし自身の自習をやっている。　これらはわたしの復習であり、これまでに抱いた想念の深化作業であり、もう一つ「還相」の視線の予習でもある。　このような作業を、これからも行じたいと思う。　</description>
		<dc:creator>ichikawa</dc:creator>
		<dc:date>2008-06-22T18:36:06+09:00</dc:date>
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	<item rdf:about="http://suisyouu.com/blog/index.php?ID=131">
		<title>＜承知しない＞・＜納得しない＞ということ</title>
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		<description> 先の対話で、岡潔は、「情というものは知や意とはだいぶ違うのです。　とにかく知がいかに説いたって、情は承知しないということがわかったとすれば、数学でそれがわかったとすれば、数学という学問の大きな意味にもなりますね」。　この言葉、＜知がいかに説いたって、情は承知しない＞、というそのことが、極めて重要だと私は思う。　＜承知しない＞というのは、＜納得しない＞と言うことなのである。　そして、さらに、　「---数学は、超自然のことをやっているんであって、自然に閉じこもってんじゃ全然ありません」と断言し、また、それは結局、　「実に底が浅い」。とも語っている。　底の深い認識とは何か。　ここでは「如来蔵性の深さ」だと思う。　が、私はここに、世界的数学者岡潔の、この言葉から、地球惑星物理学者松井孝典の『地球システムの崩壊』（２００７年・新潮社発行）に書かれている＜「分かる」ことと「納得する」こと＞の文章を連想するのである。　そこで氏は、「改めてまとめておこう。普遍とは何かを追究するためには、辺境を探ることが必須である。それは時空の領域を拡大するという意味だけではなく、智球ダイアグラムとしての可視化される智の体系の上で、虫食い穴（分からない）と、図上に記載される分かったこととの境界を探ることでもある。　＜分かる、分からない＞の世界のプロは、その境界を知っている。　このような意味で普遍を探ると、その過程で、我々とは何かについて新たな視点が見えてくる。　ひとつは、人間圏をつくって生きる我々とは何か、という問いである。　この問いは、これまでの生物学的人間論や、哲学的人間論では問われなかった問いである。　それは現生の人類が、それ以前の人類とは全く異なるという認識をもたらす。　また、その意味での我々とは、共同幻想を抱いて生きる知的生命体といえる。　共同幻想を抱けるという能力は、＜分かる、分からない＞という世界の認識をもたらし、科学と技術を発展させ、現在のような巨大な人間圏の構築をもたらした。　一方、＜納得する、しない＞という認識の世界では、過去から現在にかけてそれほど大きな変化が生じていない。　２１世紀に求められているのは、＜納得する、しない＞の世界における、その認識論の発展である。　それはまさに我々が部分しか＜分からない＞認識論を、如何にして全体の＜分かる＞認識論に変えていくか、そのことに関係する。　地球システムと調和的な人間圏を如何にして構築するか、という問題を考える時、この＜納得する＞という認識論について、その理解を深めることが必須である。　そもそも、ここで指摘したような＜分かる＞と＜納得する＞の違いを認識し、現在世の中で議論されている問題を、このどちらに属するか問題か、考えてみるだけでも価値がある」。　岡潔と松井孝典のお二人が語り合うとすれば、その接点がこの辺りにあるように、ふと私には感じられるのである。　もともと、普遍性の最も高のが数学ではないのか。　また、「智」」と「知」との違いは何処にあるのか。　「昆虫の本能は、一体何か」という問題もある。　私は、そこから、もう一つの視線としての神経言語や「幻想的真実（人間の心の幻想性との関連で）」または「共同幻想体（幻想の外化との関連で）」ということ、そして、その上で「実在の境界」などを、勢い考えてしまうのである。　</description>
		<dc:creator>ichikawa</dc:creator>
		<dc:date>2008-06-15T12:18:48+09:00</dc:date>
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