「シ・マムタ水守り論壇」

水惑星・地球、その青い球体の海洋に浮かぶ日本列島。
その国土を守る水、その水を守る人々。
連なる山紫水明の島々の四季。その風土に育った固有の伝統。
なかでも、水と稲を奉る年中行事の守り手である農民たち。
自然と生活のリンクする、そのリサイクル・システムを守る者たち。
自然としての国土、文化としての風土を育て守ってきたのは、伝統的な家族経営農家群。
わたしたち瑞穂のくにの歴史は、
自然と共に呼吸しながら、生業としての「農」を営む小規模零細農家によってつくられて来ている。
その自負と矜持と、そこからの展望をこれからも共有したい。

2010年01月19日(火)

無題 [ichikawa]





   ありがたや季節めぐれどわが庭に花を咲かせてくれし孫たち







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2009年11月28日(土)

タイトル無し

2009年 11月28日 

 佳日 快晴 明るい雰囲気

  午前11時 帰窪  
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2009年11月16日(月)

仕分け人に物申す [時評ー宇久]

                  
 とかく画期的なことに難癖が付くのは常のことだ。

 行政刷新会議による事業仕分け。これは長い政権に居座った自民党政治では出来なかったことだ。

 特に政策の公開議論は待つこと久しかった。だが今回のWGの議論については少し短兵急の感もある。

 仕分け人がもつ認識の深浅の度合いによっても評価が異なる。

 私がまず不思議に思ったのは、とりわけ
「農道整備事業」の評価結果とその「とりまとめコメント」にある「農道整備事業を単独の事業として行うという歴史的意義はもはや終わった、農業農道を一般道と区別する意義はうすい」(うんぬん)。
 これが事業の廃止理由になっている。

 地域格差解消を掲げ、農業・農村の甦生を唱えてきた民主党政権のとるべき方向性との大きな違和感がそこに強く印象付けられた。農道、利水は農業地域のライフラインである。それは単独であろうが、

 総合であろうが、複合であろうがそのありように変わりはない。

 生命系としての農道・水路である限り、その更新を循環させ持続させる潤滑油としての国の支援に「歴史的意義」は決して終わったとは言えないはずだ。むしろ生態系保全に強化されて然るべきだ。

「地域主義国家」を展望して「国のかたち」目指すという地域主義とは何か。
 日本の地域主義提唱の元祖である玉野井芳郎博士の『地域主義の思想』を地球時代の今こそふり返り、そこから出直す新たなベクトルの地点に立って欲しい。

            市川 和男

  高知新聞 声ひろば 原稿 推敲 09年11月13日(金)

            原稿掲載 2009年11月16日(月) 

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2009年10月24日(土)

政権交代後の政策展開は、 [時評ー宇久]

  新しいページに何が書かれるか      市川 和男

 ひとつの歴史的なページが捲られた。
 国民の捲ったそのページの表題は政権交代である。
 もう一つ捲る。
 すると、そこに何が現れるのか。マニフェストの中身が現実の場で具体の姿を見せなくてはならない。

 鳩山新総理は、その道を未知との遭遇といった。始まりはしたが、すべてはこれからだというわけだ。だが時は慣例の蜜月というわけにはいくまい。国の内外事情があまりにもきびしく切羽詰まっているからだ。

 今は寸刻の余裕なく、はっきりした政策転換と脱官僚体制を土台にした果敢な政治主導の行政が真底求められている。だがそれは一夜にしては成るまい。
 すでに定めたベクトルに沿う行政執行の段階にある。
 その場合、ただ官僚の性悪説的な見方をとるのではなく、隠然たる政官業癒着構造を断ち切って、政治や行政を根っこから刷新し、そこから国の形が国民に見えるようにすることだ。

 国民主権の実現とは、大衆迎合やまた統制でも放任でもない。
 理念を示してそれに向かって合意を形成し、その努力目標への誘導力を発揮してこそ得られるものだ。

 総理が国民に対するそのためのコンダクターだとすれば、各大臣は官の地方コントロールを許さず、各省庁のコンダクターでなくてはならない。

 新たなページとはそこに何かを拓くことである。市場原理主義後、新自由主義後をどのように指し示すのかを私は注視したい。

    (2009年(昭和21年)9月28日 高知新聞「声ひろば」掲載コラム)


 このように書いたが、新しいページはこれから具体の姿が描かれるであろう。
 が、今は白紙に鉛筆で下書きをしている状況にある。当然のことながら、もう少し時間を要しよう。

 理念を現実に移すには、それなりに時の熟する課程が、それぞれに不可欠だ。成果への焦りが、そこを疎かにしてはならない。
 丁寧に事を処するのが肝要である。

 ともあれ、この民主党政権の鳩山内閣が歩み始めて一ヶ月を過ぎた。

 しかし、政権交代とは何かを、そして政権与党になったということを、当事者たる多くの政治家自身がどれだけ自覚しているのだろうか。

 その実像が見え出すのはこれからだろうが、現実は長い自民党政権の延長線上での慣性が働きやすい。それはマスコミをはじめ、政財界、学界、多くの人々も、まだ理解しているようには見えない。
 見えるのは皮相的な批判や欠点探し、矛盾探しなどで実に愚劣で腹立たしい。だが、それはこのような事態にはつきものにすぎない。

 一過性のものに、長期性が侵されてはなるまい。

 わたしは、むしろ、このような泥沼のような池の水面に気高い蓮の花が咲くにを待ちたい。

 新自由主義後の世直しには、文化人類学的な視野をもつ新しい経済学が構築されなくてはならないと思っている。

 そこから発想される思想的バックボーンをもつ政策を、強烈な統率力を発揮して展開してもらいたいものである。



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2009年09月24日(木)

アメリカ民主党と日本民主党 [時評ー宇久]

 今年はふたつの国の民主党が政権を獲得した。
 これは歴史的な出来事だ。

 両国とも金融資本主義の行き着く果ての経済破綻が吹き荒れている。

 オバマ大統領は本年の一月、就任演説で述べている。
「多くの場合、誓いは立ち込める暗雲や猛威を振るう嵐の中で行われたのだ。こうしたとき、高位の者たちの技量や考え方だけに頼ることなく、われわれ人民が祖先の理想に忠実で建国の文言に従ってきたからこそ米国はこれまでやってこれた。(中略)
われわれはいま危機の真っ直中にある。われわれの国は、果てしなく続く暴力と憎しみのネットワークと戦争状態にある」と。
そして建国の父の言葉を続いて引用した。
「希望と美徳しか生き残れない酷寒の中で、共通の危機のさらされた都市と地方が共に立ち向かったと、未来の世界で語られるようにしよう」

 アメリカンドリーム、建国の伝統的な「リベラル」を尊ぶ精神を確実に踏まえた上での「チェンジ」という、この「アメリカの実験」に世界は今立ち会っているのだ。

 固定化され身動きの出来なくなっていた自民・公明の与党に大勝し、そこから、政権交代を実現したわが国の民主党、この九月に誕生した鳩山内閣総理大臣は一句子として「友愛」という政治信条を高く掲げた。

 脱官僚体制による政治主導の行政運営を目指すこと、地球温暖化防止への国際的に率先した具体の数値を、共に内外に宣言した。

 鳩山外交は前途に難問を抱いているとはいえ、為さなくてはならない変革に大きくジャンプするスタートを切った。
 鳩山外交のレビューは好感を持って迎えられたが、それだけに一段と実質的な成果を如何にして挙げるかが問われよう。

 
 その政権の内政的な五原則は次のようにまとめられる。

 @官僚丸投げの政治から脱した政治家主導の政治
 A内閣の下の政策決定一元化
 B縦割りの各省益主義を排し昌益官邸主導の国益優先
 Cヨコ型の絆の社会づくり
 D中央集権から、地域主権への転換 


 アメリカは現在、「金融危機」に直面し”行き過ぎた資本主義”の見直しと共和党政権の外交的国内的諸政策の見直しに直面し、大きな”変化”の時代に入っている。

 それに比べてわが国の場合、国民サービスの施策については基本的にさほど大きな違いがあるようには見えない。内閣交代は行われたが政権の質的転換はまだ未知の状態だ。

 近代化し、グローバル化して成熟した現行の市民型社会では、善悪の判断よりも利益優先が一般化してしまった。効率至上主義が当たり前となり、日常的に犯罪が常態化し、利己的な社会現象のもと、各人好き勝手放題という泥沼の淵に落ち込んでいる。

 「共生社会」への道は、いまだ遠しの感だ。

 だから「友愛」は、そんな時代だからこそ、その精神の復活を願って登場したといえよう。

 わたしは以前にも書いたが、昭和三十年代は、新旧入り交じった、いわば汽水域のような時代だったと思っている。
 日本の風土や風情が残り香を漂わせながら、経済の高度成長という近代的技術革新の熱気が人々の元気を誘っていた。

 戦後が残り、荒地に流れた歌があった時代である。
 そのころまではドラマ「官僚たちの夏」ではないが、日本に拘った行政の城を守り、そんな官僚たちのドラマもあったのだと思う。

        
衆院選で大勝した民主党は、社民、国民新との三党連立政権を樹立。
 九月九月十六日に鳩山内閣が誕生した。
 当日、組閣深夜の新閣僚による記者会見が行われた。

 官僚作成のペーパーに頼らない新大臣独自の言葉による所感や抱負を語った。それだけにそれぞれのレベルや考えが分かり、これまでになく新鮮で見応えがあった。

 なかでも七十七歳の藤井財務大臣は明晰に見解を示した。
 従来の各省事務次官の記者会見を廃止したことは、報道の自由を侵し報道統制になりはしないかということを各大臣ごとに繰り返す質問に対して、氏は自分が昭和三十年代の大蔵省に入省した当時、”行政官は政治の関与してはならないと教えられた”。所管省庁をその中にいる官僚が代表するというのは許してはならないという本質を衝いた指摘であった。
そのルールが崩れるのは、新自由主義的な思潮と呼応してきたのではないか。
 その基本的な”わきまえ”と自己調整のルールが崩れるのは、いったいいつからか。それはどうしてなのか。

 わたしは、ひとつには、政治が市場原理主義の僕となったこと。そして新自由主義の思想に飲み込まれたこと。そしてその結果、政治の経済調整機能が無力化し、行政もその流れの中で不毛化してきたことによるものだと思う。

 アメリカはじめ先進諸国では、国内・海外を問わず、いまや市場原理主義との決別は公理となっている。 
 
 問われるのは、節度のない逸脱した功利主義的資源配分の誤りを是正し、適正化することである。

 藤井大臣は、それを”福祉経済”という角度から、経済財務政策の建て直しを行うべきだ提唱していた。その見解は明晰であり卓見である。期待は大きい。


今ようやく市場原理主義との決別は公理となった。新たな経済学の知見による公平な背源配分を行う福祉経済的制作展開が、今こそ望まれる。

 我が国が政権交代の新しいページに、市場原理主義後、新自由諸義後を、どのように描くのか、わたしはそれが一番の関心事である。
 

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  地に着いて
    じっとして
     消えないふたつの
           シャボン玉

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09年9月22日
「新しいページには何が書かれるか」

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2009年09月07日(月)

 いのちの館 [呼び掛け]

2009年(平成21年)8月28日(金曜日) 高知新聞

 【所感・雑感】

   「命の館」に支援を   市川 和男 

 自然に囲まれた、高知医療センター。私は入院していた時、夕暮れに明かりがともる姿を見て「ライフ・ライト」 (命の灯)という言葉を思い、「命の館」だと感じたものだ。
ここでいかに多くの命が救われ守られ、育ってもきたことだろうかと。
 ところが過日のこと、退院する日に、本紙紙面の記事に目が釘付けになった。
「高知医療センカ− PFI解消へ協議」という見出しだ。この大切な「命の館」は、いったいどうなるのだろうと、不安に襲われてしまった。

 私は入院中、院内を歩き回り、たくさんの絵や、落ち着いた明かり、心なごむ散歩道などに大変感心した。開院当時に輝いた医療のロマンが、設計の隅々まで、浸透しているのを感じていた。

 2006年の院内広報紙「こころ」創刊号で当時の院長はこう語っている。
 「Hospital(病院)とHotel(ホテル)とは、Hosp・ltal・lt
y(おもてなし)という同じ語源をもっていることからも、高知医療センターはホテルのような病院をめざして建築されたのです」
 そんな考えが、センタ−に反映されていろと思った。
 
 医療センターは、@患者さんが主人公の病院、A高度な医学を普段着感覚で提供、B自治体病院としての使命を果たす−を基本理念に、▽医療の質の向上、▽患者さんサービスの向上、▽両院経営の効率化―を基本目標として掲げている。

 今回はこのうち「経営の効率化」が行き詰まったようだ。
流動する状況下で、医療行為そのものは、志に値実に近づきながらも、それ以外の医事や材料調達など、民間に包括委託した部門に経営的な誤算が生じてしまった。それが今回の病院PFI事業の契約解前問題である。
 本紙の社説は「県市がなすべきことはまず、これ以上の″出血″が伴わないよう粘り強
く折衝を続けるとともに、今後の経営方針を県民に分かりやすく提示することだろう。
加えて、今後の『官』と『民』との在り方を考える上でも、全国に先駆けた官民協働の両
院PFTのどこに問題があったかなど、具体的な検証も避けて通ることはできない課題といえる」−と論じている。
 その通りだと思う。この問題については、あくまでも県や高知市の全面的な行政対応
に期待するほかない。
 ただ危惧するのは、理念を達成する手段である。手段が目的を埋没させてはいけない。つまりは、経営効率至上主義に、医の道が埋没させられてはいけない。
 そんなことも考えながら、新体制での経営努力に注目したい。そして安心が担保され    る稔りをと、切に願う。

 私は、医療センター草創期のイデ−(理念)は、今なお「命の館」に行き渡っているのを実感する。たとえば「病院の顔は看護師」という言葉。この水脈は今もみずみずしく流れているのを感じる。
 医療のロマンと医療の民主主義が、絶えずこのセンタ−を包み込んでいるような感じ
を受ける。これらは、力を合わせ守らなくてはならない医の道なのではないか。
 その上で、高知の地域医療完全化への的はどうしても外してはならない。今は、ここに立ち止まることなく、この問題を機会に、県民市民が「命の館」を、地域医療の拠点としてさらに支援すべきだろう。
                  
                        (四万十町宮内)      

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        砂浜の自影像

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Posted by ichikawa at 11時57分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

2009年08月27日(木)

農協という共生のロマンの時代 [書簡]

 友人 中島 敏親殿   
                           
 拝呈。

 ご機嫌如何。その後いか様にお過ごしですか。

 あなたが、去る6月、四万十農協の組合長を退任されてから、なにか農協がわたしには遠くになった気分です。

 農協運営のの節目節目、または随意に、時々の折に触れ、わたしたちは組合長室でいろいろと多岐にわたり喋りあってきたことでした。

 それは、わたしたちにとって一種の蓄電の時間、とでもいいたいひとときでもありました。

 お互いにそれぞれの課題を抱えていましたが、話し合った後の爽快感が糧になったようでありました。

 それは、お互いの役を超えて、年は離れていますが、友人として人生観や歴史観など思いつくまま自由に語ったととが忘れられません。


 さてその頃の状況よりも、時世は一段と行き先不明になっています。

 とりわけマスメデァそのもの、そこに登場する人物、加えて有象無象な政治家たちの感性の低俗ぶりには目を覆いたくなるばかりーー。

 高い理想への志向はどこにも見あたらず、コマーシャリズムは節度を放擲し、臆面もない傍弱若無人ぶりが日常化してしまった。

 世は総コマーシャル化、政治もそのるつぼと化した感がある。

 いま喧伝されているマニフェストを比較しても、この国の全体像を大きく見据えた視座は、未だ目に触れない。

 基本となるような次の段階における国のあるべき姿が、またはその肝心な道標が示されているとはいえません。
 
 ともかく巨視的な展望がないのです。

 目に入るのは、そのほとんどがこれまでの延長線上にある微視的な政策がモザイク模様になった組み合わせ細工です。


 そんななか、新しいページはどのように開かれるのだろうか。

 果たしてそのページはわたしたちの前にあるのだろうか。

 この先、捲るページの存在さえ疑われます。

 
 今日に至る農村の疲弊と荒廃は、ページをさかのぼれば、現行農政とその農政の背景に潜在していることが証明されます。

 つまり農政の基本が自作農家族経営主義から、次第に借地農業主義の方向に移行したこと。農協の経営合理主義の流れは、市場経済原理主義の経済政策に連動してきたと言えるのではないか。

 全国農協中央会は、農家の声の代弁とは裏腹に、効率の論理至主義を加速することへ結果的に貢献してきたとわたしには思われます。

 そんな潮流の中で、いつしか農協運動の基底にある「共生の思想」は声を潜め、小規模農家の居心地の悪さが増幅し、大規模農家・機械化農業の借金もつれの投資が相次いだ、といのが実態でしょう。

 これと同時に、過疎化、棚田からの下山運動、高齢化、耕作放棄された田畑の激増、限界集落の続発、少子化、人口減少社会にあえぐ地方の悲鳴が、山野に木霊するのが聞こえるようです。

 政治の犯した害悪、行政的罪過に対する具体の反省と償いもなしに、いまにして「小さな政府原理主義、規制緩和原理主義は間違っていた」と選挙の際には言っている。

 だが、それは今に始まったことではない。

 新自由主義の流れを根本から転換しなくては、何の解決にもならないだろう。

 一体、どこに出口はあるのか。

 「共生の根底」が蝕まれている今、農協にこそ、それが問われているのだ。それは今までお互いに提唱してきた。

 にもかかわらず、農協中央会の「農政会議」は、その答えを如何に現実の喫緊の課題として具体的に示しているのか。時の政権に擦り寄った本音をどう解消するのか。真正面からの真剣な態度、それが見えない。

  
 かえりみて、新生四万十農協の始動期に開花したヒューマンライフJAの理念づくりの時代が、農協という戦後日本の農村建設の農民協働精神を継承した協同組合の原点に立つ、唯一農協らしい活動のピーク時ではなかったか。

 新生農協に瑞々しい覇気で臨んだあの頃が、少なくても平成に入ってからのひとつの高潮の季節であった、といえるのではないか。

 スタート時点の四万十農協に任意で置かれていた企画評議委員会の時代は、21世紀の扉の開く丁度その節目に当たっていた時節。そこにはまだ共生の風土としての牧歌がありました。

 そこにヒューマンライフへのベクトルが設定され、そこに向かって連帯を目指す動きも強く存在していたと思う。

 だが、その矢先、職員の公金横領事件が始動期にある四万十農協を揺るがせました。

 その困難に逢着した経営の渦中、

 あなたは先頭に立って問題解決にあたり、新旧分かつことなく役職員一同が、危機意識を共有して、スピーディに、かつ動揺することなく、それを克服し乗り切ってきた。

 経営陣の絆は、むしろそれにより、一層強固なものとなって、新しい段階に歩を進めることができたのですが、それを可能にしたのは、あなたを中心とする時の指導力の賜物です。

 その組織的エネルギーの延長路線に立って、経営体質の強化を目指す職員の自覚的な努力が芽生え、緊張感を持った明日の農協づくりへの道が拓かれました。

 だからこそ、四万十大地に、農協のロマンが最期の花を咲かせ得たのかもしれません。

 ともあれ緊張感が失われた組織は自滅するしかありません。

 新しいページを拓くのは、それにかかわる役員・職員たちの緊張関係が、なにより良質でなくてはなりません。

 あなたは、それを果たしてきたとわたしは確信しています。


 だが一方では、この回顧を通じて、「田園の里よ何処へ」と、いまの状況に懸念を抱く。

 全国農協中央会を始めとする組織の、宣言という名の宣伝に終始する空虚な言葉、あるいは空想する虚像、それは目に映じても、いまここに「我々は何をなすべきか」に対する確かな実像が見えない。

 現今見えるのは、過ぎ去ったロマンの人影だ。

 時は流れ、時代はチェンジを繰り返す。

 その流れの行き着く先に、一体どのような農協という時代の姿があるのだろうか。


 いまあの来し方を思い、「得がたい時代よ」と云いたい。

 貴君を思うとき、しきりにそういいたいのだ。     市川 和男

                                               
2009年8月下旬
 

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Posted by ichikawa at 19時18分   パーマリンク   トラックバック ( 0 )   コメント ( 0 )

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