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    寅さんは「タオ」イスト

 いま、「男はつらいよ」シリーズがBSで放映されている。

 すぐ日常生活から飛び出す ”人よんで瘋癲の寅”。昭和という時代に残っていた日本の情緒。まだ勢いのあった懐かしい民俗的な風景。  

「暮らしが芸術であったころ」とでも言いたいようなこの映像を観る。そして「日本がある」そう思いながらー。

そこには今のように劇場政局に振り回されない日本があり、性根のある筋金入りの日本が健在だ。

この男は風のように旅立ち、風のように流れ歩くが、故郷は捨てない。

気ままのようだが、どこか寂しさを漂わす、こだわりのない自由な男のドラマだ。

 私は、この寅さんに、老子のいう「タオ」を想起する。「寅さんはタオイストだ」と、しきりに思う。

 そう思って観ると、

 “つらいよ”の寅さんは、気持ちと現実との食い違いも,結局どこかでバランスしているのだ。

 何か寂寥感を覚える後姿が、この国の故郷を旅する詩人・寅次郎にある。

 日本人寅次郎は、死んで生きているのかも知れない。

 そんな日本をいま手繰り寄せたい思いだ。

 ふと、高知県出身のドイツ文学者で詩人の片山敏彦が訳したヘッセの作品「霧のなか」という詩が浮かんだ。

         ふしぎだ

         霧のなかを歩いていると

         どの潅木も どの石も寂しい

        一本の樹もよそをかえりみぬ

        みんなひとりぼっちだ

  この孤独感は二十一世紀になってむしろより濃くなっていはしないか。

 それはより大きく、それは現代人の心の底に潜在しているかのようだ。

  

                               2006年12月10日

                            窪川谷  宇久

 

 この文を草して、今は寅さんシリーズは終わり、アンコール作品の放映も済んだ。 

 多くの人々に、寅さんの風情は、今なお健在である。

 失われたものは何か。失ってはならなかったものは何か。情緒である。

 その情緒の醸し出す風合いのするような民族的な、自然と生活が混和した風景である。

 沖縄を舞台にした、「ハイビスカス」の寅次郎が、アンコールの第一位であった。

 それは、車寅次郎フアンの愛情の、いっぱいこもったハイライトであった。

                                     2007年3月17日